3話
山をおりた時には、辺りは明るくなっていた。
しかし、まだ雨は降り続いている。
自分の制服姿を見ると、事件に巻き込まれた少女のそれである。
山から出たはいいけれど、ここはどこかはわからない、と、思いきや。
--知ってる……!
働かない頭だったが、看板に見覚えのある地名があったのだ。
私は小走りに馴染みの場所へと向かう。
とても昔にいたような気がするが、私が住んでいた場所。
今から帰るよ、と、高揚しながら、早朝の町を制服姿の少女が一人、駆け出す。
「ただいま!!」
私は家があった更地に声をかける。
そう、家ではなく、更地である。
三月に火事になり、失くなった我が家の跡地なのである。
あんな学校に行って、またいじめにあうなんて嫌だ。
私が帰る場所はここだったんだ。
だから、あの山から流れ出てきた透明な湧き水が、この道を示してくれたんだ。
私は四つん這いに倒れこむ。
「ただいまぁぁ!!」
ここには家はないけれど、私の心の拠り所だっのは、確かに今も昔もここだったのだ。
雨が私の声と荒んだ心を洗い流してくれた。
「おかえり」
更地から声がした。
おかしい、更地なのに。
私は恐る恐る、家のあった場所を見ると。
「……お母さん……?」
傘を差した見知った女性、お母さんがそこにいたのだ。
「どうしてここ……」
私の言葉を遮るように、お母さんは私を抱きしめた。
冷えた身体にお母さんの温もりを感じる。
「帰ろう」
「でも、あの、がっこ……」
「学校はこっちに戻す」
お母さんは、全て知ってしまった風だった。
「とりあえず、今の家に、帰ろう」
私は母の温もりに触れて、もう一度泣いた。
昔住んでいた家から今住んでいる家は山を越えてのとなり町。
もちろん、その道を私は覚えていない。
お母さんは、もしかして、と当てずっぽうでここに迎えにきてくれたようだが、私は本当に、示された道を辿ってついただけなのだ。
憂鬱だった通学路から、自ら命を絶つ為の旅路を経て、不思議な導きでここにきて、今はお母さんと一緒に家へと帰っている。
たくさんの道を歩ってきた。
きっと、人生もこうなんだろうな。
何か障害があったら、一度違う道に行っても、一度元の道に戻っても、また前に進む道を探そう。
降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。
「今日の最高気温30℃だってよ」
「えー、あっつー」
「暑くなる前に帰りましょ」
「うん!」
当分は晴れの日が続きそうである。