1話
転校してからまだ一ヶ月しか経っていない五月中頃。
私・スズキは、クラスメートからいじめの標的にされていた。
転校して一週間くらいは、これから通うこの道を覚えなければ、と、辺りを見回しながら歩いた通学路。
しかし今は一転、わざわざいじめにあいに行かなければいけない、辛い道と化していた。
--行きたくないなぁ……
ここ最近、何度もそう思っているが、毎日お弁当を作って、朝ごはんも作って、いってらっしゃいの挨拶をするお母さんを見ると、そんなことも言ってられない。
私は憂鬱そうに歩みを進める。
空模様が今の私の心を表してくれるかのように、灰色の雲が立ち込めていた。
事件がおきたのは、そんな憂鬱な日の体育の授業の後だった。
教室に置いてあった私のバックが丸ごとなくなっていたのだ。
かろうじて、制服だけはあったけれども、バックがなければスマホも財布もない。
誰かに助けを求めようにも、その「誰か」がいない。
先生に言えば、ホームルームで犯人探しになり、余計に私が悪目立ちする。
私はしばらく呆然と自分の机を見つめていたが、ないものはないのだ。
とりあえず、制服に着替えよう。
怖すぎて気味が悪すぎて、手を震わせながら制服のボタンをしめていると、廊下の方でクスクス笑う声が聞こえた。
そうだよね、そうだと思ってたけど、いじめの主犯であろう女子生徒が取り巻きと一緒に私のスマホをいじっていたのが横目で見えた。
帰り道、スマホがないので音楽も聞けず、財布もないので買い食いもできず、とぼとぼと通学路を下を向いて歩いていた。
おかしいな、バックを持ってないから、足取り軽やかとなるはずなのに。
とても身体が重い。
こんな毎日が続くなら、いっそのこと消えてなくなりたいよ。
どうせ明日もこうなんだ。
明後日も、休みを挟んでもこうなんだ。
アスファルトに水滴が染み入る。
私が泣いた水滴な訳ではない、雨が降ってきたようだ。
天気予報では夕方から降り始めると言っていたが、スマホがないため時間はわからない。
きっと、今が夕方なのだろうか。
立ち込めている雨雲のせいで、外の明るさで今何時か知ることも難しかった。
そろそろ帰ろうかな。
でも、帰ったらお母さんになんて言おう。
財布なくしちゃった? スマホなくしちゃった?
いじめにあっててバックとられちゃった?
なんと言ってもお母さん心配するだろうな。
帰って伝えて心配する顔を見たくない。
だったら、帰らないで、心配する顔を見なければいい。
私は思い立つ。
今、消えたいと願っていた、ちょうどいいじゃない。
所持金もないし、連絡手段もない。
手ぶらで死ぬ前にどこまでか旅に出よう。
警察に見つかったら補導をされて、結局親に迷惑をかけてしまうので、見つからないような人目のない場所へ旅に出よう。
春の雨は柔らかく私に降り注ぎ、傘を持たない私はその雨の洗礼を受けるのであった。