深淵なる器。
アパートに帰ると、大家さんが出迎えてくれた。
聞けば、俺を待っている間にチュートリアルダンジョンの試練は全て修了したらしい。
つまり今の彼女は《器礎魔力》の全てを取得しており、俺より先にシステムによって『魔力の器』として認められており、いつでも本格的な強化を始められる状態となっている。
あまり待たせてしまうのは申し訳ないと思った俺は早速、『攻』魔力の試練を受ける事にした。という訳で。
俺の目の前には今、『攻撃力判定用オブジェクト』なるものがある。
(これも懐かしいな…前世の俺は──)
『このオブジェクトに攻撃すれば攻撃力を判定出来る』
と言う『謎の声』に従った
パンチングマシーンに向かってやる要領で。それが全力
「今思うと大した勇気だよな…」
だってこれ、見た目金属で出来た巨大立方体だからな?
それより実際に殴りつけて驚いたのは、果てしなく硬く感じるのに謎の弾力性が作用し、殴った拳に痛みどころか手応えすら感じなかったことだ。
この『攻撃力判定用オブジェクト』なるものは、殴った本人へ返るはずだった反動までも含め、全ての衝撃を完全に吸収する事で、その威力の査定をしていたらしい。
つまりこいつの頑丈さは『硬さ』うんぬんで量れるものではない。正に異次元のそれだった。
え?その時の試練結果?それは勿論…いや、貧相とまでは言わないけども。
あの頃の俺ってほら、明らかに運動不足だった訳で。そもそも運動なんて得意じゃない訳で。ガタイもそう恵まれてる方じゃない訳で。だから結果はお察し…
ところが、だ。
そうやって不満が残る形でステータスを完成させたしばらく後、どう見ても俺より貧弱そうなのに、攻撃力だけはバカ高いヤツと出会ってしまった。
その頃には全てのチュートリアルダンジョンが消失していたからな。『こんなの聞いたところで今更だ』ってのは分かってたけど、結局聞かずにいられなかった俺が聞いた秘訣というのが…
『えぇ?あんな硬そうなもん素手で殴ったのか?ほぁー、あんた見かけによらず勇気あんね。え?俺?俺は自宅にあったチェーンソー使ったけど。
…いや、まあ 確かに?『攻撃しろ』と言われたけど『素手で殴れ』とは言われていない。この時の俺は『へー。なるほどなぁ』なんて答えたものだったが…
「あれは…本当に悔しかったよな。つかホント、悪意あるわこの試練、いや…ちゃんと確認しなかった俺の自業自得もあるんだろうけど…」
なんて思い出しながら俺が握っているのはあの武器。そう、今世こそ高得点を叩き出してやる。『今は無銘の小太刀』を使って──じゃなく。
うんうんそうだよな。『じゃあ何のために無双百足のダンジョンに行ったんだ』って話になるよな。
そう、俺が今手にしているのは、小太刀じゃなく、それを使って巨大ムカデから斬り飛ばしたアレだ。
俺がここで使う武器とは『百足の脚』。
「よし、じゃぁ、早速やるか。」
俺はこいつを、『攻撃力判定用オブジェクト』とやらに
──プすり。
「…ほら」
思った通りだ。
『え。』
簡単に刺さった。
「…ぃ、よし。」
『え。いや、え?』
「う?なんだ謎の声さん、」
『いや…あのぅ…』
「ああ、結果は見ての通りで…」
『あ、はい、刺さり…ましたね』
「うん、だから、ほら。早く…」
『…はい?』
「…はい?じゃないだろ、だからくれって。『攻』魔力。」
『あ。はい…分かり…ました…っていやいやいや…』
「な、なんだよ?殴れって言わなかったろ?だったら何を使って攻撃しても良いはずだろ?」
『いやそれはそうなんですけどでもっ、破壊不能とする『オブジェクト』にこんな…『刺す』なんて!『刺さる』なんて!絶…っっ対にあり得ないことで!』
「いやでも実際にほら!刺さってるし!」
『ですよね…っていやいやだからっ!えええ?いやっ!えええええええええええ!?いやそんなっ!待って下さいこんなっ!ええええええええええええええ!!??』
「ぐぬ!も、もううっせえっ!頭ん中で叫ぶのマジうっせえ!だからくれるの?くれないの?どうなったの俺の『攻』魔力!?」
と、超焦りながらも図々しく催促する俺の手に握られている『百足の脚』を解析すれば、ステータスにはこう記されてあるはずだ。
========アイテム詳細=========
『百足の脚』
ランク キーアイテム
上昇値 特殊
耐久値 特殊
スキル 【アンチ不壊・プチ】
ただし、かの無敵甲殻の完全破壊には『百本の脚をもぎ取り、それらを使って貫かなければならない』という前提がある。
つまり、この一本で与えられるダメージは『割合』で算出され、その割合ダメージは『1%』に限定される。
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ここでも出て来たが、『オブジェクト』とは一体何であるのか。
『システムの力に守られていて、破壊不可能なもの』をそう呼ぶらしい。
それは、どんな破壊力をこめて攻撃しようが特定の条件を満たしてないなら一切のダメージを与えられず、なので攻撃対象とする事自体、意味がないとされるもの。
つまりはゲームで言うところのフィールド上の障害物や、街マップにある建物の一部、のようなもの。
岩や壁や柱や扉といった、形は様々あれど空気を読んで破壊不能としてきたアレらと同じ。
でも、RPGをプレイしていてこう思った事はないだろうか?
なんで世界を滅ぼせる魔王やら魔神なんて存在をぶっ倒せる力が主人公にはあるのに、今まさに邪魔となっている壁とか柱とか扉を壊して進むことが出来ないのかと。せめて岩くらい吹き飛ばして下さいよと。そしたら簡単に次へ進めるのにと。しかし、それは叶わない。何故なら前提としてあるからだ。
『何をしようがこれは破壊不能ですよ』とか、『どうにかしたいなら解消出来るキーアイテムを持って来てね』…っていう、現実なら馬鹿馬鹿しいとされてもゲームなら当然とされる御約束的概念が。
クソゲー化した今の世界ではそれが導入されていて、こうして具現化されていることがある。
この『攻撃力判定用オブジェクト』もその類いだ。本来なら破壊不能なもの
そしてあの巨大ムカデもその『オブジェクト』に類されていたのだから鬼畜な話だ。
(実際に謎の声も『オブジェクトボス』なんてふざけた名称で呼んでたしな)
ただし、
あの巨大ムカデの場合は、『百本ある脚をもぎ取って、その全てをムカデ本体に突き刺す』…という内容が記された石碑があのボス部屋にはあって、この縛りを無視しては決して倒せない仕様だった訳だ。
…うん。『そんなのアリか?』ってなるよな?
例えこれが本当にゲームだったとしもそんなボスが出てきた時点で転売もので──そうなのだ。
あの無双百足ダンジョンはゲームで言うところのメインチャートには絡まない部分だった。
つまりは隠し要素的な?地獄的難易度である代わりに、攻略すれば…おそらくだが超有用なアイテムをゲット出来るって感じのやつ。
あのダンジョンが一生見つからなくてもおかしくないような立地条件にあったり、しかもボス部屋しかないという特殊な仕様だったのもそのためなんだろう。
だって。雑魚モンスターまで一緒に設定されていたら、どうなっていた?
それが繁殖してしまったら?あのまま発見されずにいれば間引きされないまま繁殖しきったモンスターがダンジョンから溢れ出す現象──ラノベでお馴染みの『スタンピード』なるものが発生してしまう。そうなると折角秘密にしていた場所が簡単に特定される事となる。
そうじゃなくても、『特定の条件を満たさなければ破壊不可能』なんて『初見必殺』にたどり着くまでに、雑魚モンスターを多数配置されていたら?あんな無敵野郎を倒すためにそんな長い道のりを越えていかなければならないとか流石にひど過ぎる。
まあそんなの、昔流行った物語じゃよくある設定だったし、昔流行ったゲームだとラスボスを弱体化するアイテムが必須だったり、したけどな。
それでも『死ねば復活する』仕様なんてないこのリアル世界で『特定条件を満たさなければ破壊不能なボス』を実装するとかひど過ぎる。バランス的にどうかしてると言わざるを得ない。
とにかく何が言いたいかと言うと、人に発見されにくい場所にあってしかも、ボス部屋しかないという特殊な仕様としたのは、ギリギリのラインで妥当、という事だ。
俺はそれを、逆手に取ってやった。
極めて発見されにくい場所でも、前世ではこの二年後ぐらい?には発見されており、俺は実際に訪れてもいて、つまりは場所を完全に特定出来ていた。
そして再訪した時の俺は『攻』魔力を持たない状態、なので雑魚モンスターがいない仕様なのも助かっていた。そいつらに邪魔されながらじゃ、あの巨大ムカデにたどり着けるはずもなかったからな。
というか、そもそもとして俺はあの巨大ムカデを倒しに行ったのではない。『オブジェクトに傷を付けられる百足の脚』をゲットするために行っただけだ。
だからあいつが『オブジェクトボス』だったことも幸いだった。その初見殺しな性質から他のダンジョンボスと違って『ボス部屋に入っても逃げられる仕様』になってたからだ。だから、突入→奪取→すぐに脱出…なんてずるい攻略も許される状況だった。
そう、回帰者である俺は、その全てを利用出来る立場にいたんだ。
誰が設定したのか分からないけど何とかゲーム的にバランスを保とうとしつつ、結局の鬼畜仕様…もしくは穴だらけとなってしまったこのシステムを。
『攻撃力判定用オブジェクト』という破壊不能な盾に向け、『オブジェクトボスを倒すために用意されたキーアイテム』という絶対に傷を負わせる矛を突き刺す事で。
…そう、叩きつけてやったこれは、何かとクソゲー仕様が目立つ今の世界に対するクレーム代わりっっ!
(この世を勝手に弄くり回してゲームみたくしやがって…人を舐めんのもいい加減にしろ!)というクレームと共にこのシステムが孕む矛盾を突き付けてやった…訳だが。
(うーん、我ながら痛快な気分ではあるけども、しかし…)
割合ダメージ1%分と言ってもだ。そのダメージを与えた対象は破壊不可能な…つまりはダメージと無縁なはずの『オブジェクト』なのであり。
そんな小さな傷でもどれほどに大それた判定となるか、それはよく考えててみれば前代未聞な偉業、もとい異業となるのは間違いないことであり。
つまりはどれ程の高得点が叩き出される事になるのか、もしくは反則と見なされ無効とされるか、実を言えば俺にも予測不能な事なのであり。
つまりのつまり、『謎の声』があんなふうに焦るのを見て、初めて事の重大さに気付いた次第。
(でもやった後じゃもう遅いし…やっぱ小太刀の方使っとけば良かったか?……ってのは…もう遅いよな。うーん…どんな結果になるんだこれ…)
と、少し…いやかなり不安になっていたのだが。
『あなたは
おお…Mランク!散々に成績を下げていた『攻』魔力の成績がまさか、ここまで跳ね上がるとは…でも確かに。俺はあってはならない
『その特典に、『破壊神』の称号を授けます』
こらまた…聞いた事のない称号だが…なんか不吉な感じがするのは……なんでだ?
『《器礎魔力》の完成を確認しました。あなたを魔力の器として正式に認定します。』
その言葉を合図に、
違う何かに作り変えられつつあった俺という存在の中、未だ欠けたままだった部分にパチリ。最後のピースがはまったのを感じた。
『全試練を終えた今、あなたは『魔力の器』として完成されました。それも、Sランク以上の成長補正を複数揃えた、とてつもなく恐ろしい器として…』
なんか…怒ってないか?言葉から滲むのは『もう引き返せないぞ』というニュアンス。
『その器に相応しい最終特典として──』
「お…」
そうだった。前世の試練でもここで最終特典がもらえる仕様で確か…前世では殆んどの人が『魔力の器』という称号を授かっていた。
一方『防』魔力だけはSランクを獲得した前世の俺は『英雄の器』って称号を授かっていた。
その内容は『Sランク以上の器礎魔力を一つでも獲得した者が得られる称号。MPの成長補正がBランクとなり、初期値に1000pt加算される。』というものだった。
この文面から察するに、おそらくSランク以上の器礎魔力をいくつ獲得したかで、ここで得られる称号のグレードは決まるのではなかろうか。
ということは、『攻』魔力でMランク、『知』魔力でSランク、『速』魔力と『技』魔力では神ランクなんてふざけたランクを獲得した俺が授かる称号が、どうなるかといえば──
『あなたには『魔神の器』の称号を授けます。』
…こうなったのである。