208 ムハド、書庫にて
リートの赤い瞳と、左耳のエメラルドグリーンのピアスがキラリと光った。
「ラクダを、なにかに利用しようとしている、ということっすか?」
「まあ、分からぬがな」
すると、長老はアゴ髭から手を離すと、テーブルの上に置かれてあった筆を取った。
黒い墨汁につけ、紙に、すらすらと筆を走らせてゆく。
「おっ、メロの国に返書っすか?」
「いや、別の村のな」
「そっすか」
「メロの国に関しては、返事は保留する。少し情報収集する必要があるのぉ」
「そっすね」
「書庫にある、ここ最近のメロの国からの書簡を出しといてくれ」
「うぃ~っす」
やがて、長老は書き終えた。その紙を持ち上げ、ひらひらと振って、書いた筆を乾かした。
「あっ、それと、メロの国に、最近行ったことのある者達、おるか?」
「最近っすか。……いるかなぁ?」
リートは少し考えたが、すぐに言った。
「いや、最近は、いないんじゃないすかね」
「ふむ、そうか……」
「もしかしたら、なにか交易時に、共行した者達はいるかもっすけどね」
「なるほどのう」
「あっ、そうだ」
リートは後ろ指で、書庫のほうを差した。
「そこに軟禁されている、この村の英雄……たしか、ウームーに遠征交易に行く前、メロの国に何回か行ってませんでしたっけ?」
「おっ!そうじゃったか」
長老はイスから立ち上がった。
「よし、ムハドに聞いてみるか」
「えっ、いまっすか?寝てますよ?」
「起こせばよい」
長老とリートは居間を出た。廊下をつたって、奥にある書庫へ。
「そんなに警戒したほうがいいんすか?メロ共和国って」
歩きながら、リートが長老に聞いた。
「僕も行ったことあるっすけど、なんていうか、フツーだったっすけど」
「うむ。国民は皆、基本的にこの村の者達みたいな、平凡でつつましやかな印象じゃ。問題は、上じゃ、上」
「あ~出た!歴史書とかでよく書いてるヤ~ツ!」
「おい、ムハド……うぬっ!?」
書庫に入った長老は唖然とした。
書庫自体、リートが言った通り、かなり物そのものが多くなっていて、床にも木片書簡や石板の書が雑多に置かれていた。
その中から拾ったであろう、木片書簡を丸めて縦に置いたものを、書庫の扉を入ってすぐ左の少し空いてるところにいくつも並べて、いい感じの即興寝台をつくり、その上に布団を広げ、そこに横になって、気持ち良さそうにグ~グ~寝息を立てているムハドの姿があった。
「いやぁ、なかなか考えたっすよね~、木片書簡並べてその上に布団敷くなんて」
長老の横で、リートが関心して言った。
「おい!ムハド!なにやっとんじゃ!」
「……うぅ?」
ムハドの目が開いた。
「なんだ、じいちゃんか……」
ムハドは一度長老を見ると、寝返りを打ち、長老とリートに背を向けて二度寝し出した。
――グ~、グ~。
「いや起きんかい!!」