190 十の生命の扉の彫刻②
シュミットは、彫刻に目を向けたまま、話し始めた。
「その混沌の中で、原初の母、ティアは、すべてを産み出す始まりの存在となった。ティアはその体内に、マナを宿していた。そのマナの力で、このヤスリブの大地、そして、この大地の上に、生きとし生けるすべてのものを産み出したという」
……神話かな?
マナトは思ったが、とりあえず耳を傾けていた。
「このヤスリブは、かつて、今よりも緑の多い、多種多様な生物達が住む大地で、マナに溢れた楽園だった」
「あっ、それじゃ昔は、砂漠はなかったと?」
「そうだね。……しかし、その産み出した、あまたの生物の中に、暴走を始める者達が出てきた。彼らは、自らを唯一無二の存在である、神であると僭称し始めた」
「えっ、神、ですか?」
マナトの問いに、シュミットは同意のうなずきをして見せた。
「自ら神と名乗った彼らは、彼ら自身のためだけの正義の名のもとに、他の生物達を襲い始めた。襲われた生物達は命絶え、地は荒れ、野は焼かれ、後には砂漠だけが残った」
……ヤスリブに、砂漠が出来た由縁ってところか。
「ティアは悲しんだ。原初の母である彼女にとって、彼女が産み出した、すべての生物達、生きとし生けるものは、皆、大切な我が子であり、愛を注ぐ対象であったからだ」
「そう、ですよね」
「そんな中、ティアは、11の子を身ごもっていた」
「えっ、11つ子ですか?」
……多すぎない?
「このヤスリブで、11の地方の名にもなっている、いわゆる各地域の守り神達が、彼女のお腹の中にいたんだ」
「!」
……あの、人魚の主の先祖ということか。
「ティアの悲しみを誰よりも知って生まれてきた11の子達は、それぞれ強大な力を有していた。そして、ことごとく、神を僭称する者達に、母に代わって鉄槌を下し続けた。そうして平定したこの大地の上に、我々は立っている」
ここまでシュミットは話すと、マナトに目線を向け、微笑んだ。
「……っていうのが、このヤスリブによく伝わっている伝説だよ。ちなみに一説では、その神を僭称した者達というのは、ジンではないかと言われているね」
「そう、ですか」
「そして、ここからは、この彫刻に関することなんだけど……」
シュミットは彫刻に目線を戻した。
「その、ティアの産み出した生物の中に、人間もいた。ティアは人間の生命に、6つの扉を与えることにした。すなわち、苦しみの扉、欲望の扉、修羅の扉、安らぎの扉、知恵の扉、天の扉、という」
向かい合う6つの扉を指差しながら、シュミットは言った。
「人間は常に、この扉のどれか1つを叩き、入っている。そして、その扉の先には、また同じ6つの向かい合う扉が待っていて、その扉を開け続けながら生きている生物、それが人間なのだという」
と、シュミットが幼い天使の座っている扉を指差した。
「しかし、その扉の中の1つに、この6つとは別の、7つ目の、未だ知られていないという、未知の扉を開ける者がいる」