第3話 料理が下手な人ほどレシピを読まない説
私、ハカセは考え事をしていた。
先日、イチローに調査を頼まれたのだが、まんまと利用されたのではないだろか……。
正直なところ、イチローはあまり努力しないタイプだと思う。
私は努力が苦にならないタイプなので、イチローは面倒事があると私にお願いしてくる気がするのだ。
様々な知識は私の方が上だけど、口の上手さはイチローに遠く及ばない……。
くそう、いつか見てろよ…………。
そんな事をあれこれ考えながら、先日イチローが持ち帰った飲み物を分析している。
非常にくやしいのだが……科学者目線で見ると、この【コーラ】という物質は非常に興味深い性質を持っていた。
そんなことをイチローに言うと調子に乗るだろうから、絶対言わないけども。
このピリピリする感じは気泡によるものだった。
しかも、地球の大気組成では0.04%とかなり少ない量の二酸化炭素がその正体なのだ。
二酸化炭素は水に溶けるが、地球の気圧であれば1:1くらいの量しか溶けないはずだ。
そこで高圧をかけて無理やり溶かし込むのだから、蓋を開ければ気圧の変化で二酸化炭素はどんどん飛び出してくる。
これが気泡となって喉越しに影響を与えているのだろう。
二酸化炭素なんて食べるメリットが無いはずなのに、こんなに必死に溶かし込んで……地球人は何を考えているんだろう。
黒い色も砂糖を加熱することでメイラード反応を起こした際に生じるものを利用しているようだ。
食べ物や飲み物をわざわざ黒くするなんて……色が食欲に与える影響を考慮すると、やはり私には理解できない……。
他の糖分としては果物に多い果糖も入っているようだ。
これは想像だが、複数の糖分を組み合わせることで味を複雑にするだけでなく、冷やしたときに果糖の甘みがより強く働くように計算されているのだろう。
すごい……。
こんな飲み物は他の惑星では見たことが無かった。
少しでも美味しく感じられるように……味覚を超えた領域まで、やれることは全部やったという職人の魂を感じる。
科学では誰にも負けない!と思っていたが、私とは違う方向性の科学も存在していたのだ。
先日はイチローに【舌が貧乏】なんて言ってしまったが、私の【科学舌】も案外貧乏なのかもしれない……。
ということで……私は今晩の食事係なので、色々試してみたいと思っている。
――
私、サクラは本日の戦闘訓練を終えて食堂にやってきた。
1秒でも早く、肉にかぶりつきたい!酒を浴びるように飲みたい!
戦闘訓練は激しく体を動かすので特にお腹が空くのだ……。そのくらいのご褒美は当然許されるだろう!
食堂は騒然としていた……。何事だ?
今日の当番は……ハカセか……。
あ、これは何かやっちゃったかな……。
トレーを受け取ってみると、見事にやらかしていた……。
漆黒の丸い塊、ピンク色の麺状の何か、謎の発光をしている野菜、どう見ても金属に見えるクラッカーなど……食品に見えないものばかり並んでいた。
「おい、イチロー!お前またハカセに何かやらかしただろ?」
イチローを捕まえて、耳元でそう囁いた。
まあ、間違いなく原因はコイツだろうからな……。
「え?俺のせいなの?何も心当たりないんですが……」
「そんな訳ないだろ。ハカセがこういう暴走をするときは、決まってお前が原因なんだ!」
「理不尽すぎる!本当に心当たりないんだって!」
イチローは必死に無関係をアピールしてくるが……いや、絶対お前が原因だよ。
「え、えっと、食事が冷めちゃうから……そろそろいただこうじゃないか……。いやあ、美味しそうだなあ……」
ボスがそう言って、【いただきます】の号令をしてしまった。
まったく、このオヤジはなんてことしてくれるんだ!
ボスは本当にハカセに甘くて困る。ハカセと同年代の娘がいたらしいので、仕方がないのかもしれないが……。
「サクラ、食べないけどどうしたの?今日は戦闘訓練だよね、お腹空いてるでしょ?ちゃんとおかわりもあるよ!」
食事を黙って眺めていたらハカセが余計な事を言ってきた。
本当は恐怖で食べられないんだよと言いたかったが、ハカセにはそんな事言えないじゃないか……。
「いやあ、素敵な香りだと思ってね。香りを楽しんでいたところなんだ」
我ながら完璧な返事だと思う。
「そうなんだ……それなら良かった!まさか見た目を気にして食べてくれないんじゃないか……と思ってドキドキしたよ……」
いや、そのまさかなんだよ。見た目については自覚してたのか!
「ところでハカセ君、今日はいつもより独創的な感じだけど……何かテーマみたいなものがあるのかい?」
ナイス質問!いいぞ、ナカマツ!
皆が聞きたいことをよくぞ言ってくれた。
「今日はね、科学の力で料理の限界を超えてみたの。イチローが買ってきたコーラにヒントを貰ったのよ」
全員一斉にイチローの方を見る。
ほら、やっぱりイチローだったじゃん!
それから、料理の限界は超えちゃだめなんだよ!それはもう料理じゃないんだ!
「そ、それなりに美味しいんじゃないかな……このピンク色のなんて地球にも存在しない味だと思うよ」
自分が原因だと知り、イチローは覚悟を決めて食べ始めた。
でも、お前……うっすら涙を流しているじゃないか……マズイんだろうな。
「そう?泣くほど喜んでくれてよかった。おかわりもあるから食べてね。サクラもね」
まさかの流れ弾!
もはやこれまでか……。よし、私も覚悟を決めるか。
無理やり口に押し込むが、見た目と味に乖離がありすぎて脳みそがバグってくる。
何を食べているのか……美味しいのか……不味いのか全く分からない食事が続いた。
よし、あとでイチローを一発殴ろう……。
きっと今日なら何をしても許されるはずだ。