第2話 コーラとの邂逅
秋葉原は東京都千代田区にある街で、戦後は闇市として、高度経済成長期は電気街、現在はオタクの街と時代に合わせて姿を変えてきた街である。
ダーツによって調査の地に選ばれたのは観光地としても人気のある、この秋葉原だった。
俺は秋葉原の路地裏に立っていた。どうやら転送は成功したらしい。
人があまり通らない路地裏を狙って転送したようで、周りに人は誰もいない。
路地裏を出てみると、結構な数の地球人が歩いている。観光地だからだろうか。
道路に沿って小さな店が立ち並び、頻繁に人が出入りしているようだ。
人は多いが大声で叫んだり喧嘩を始めたりする様子はない。
飲食店と思われる店の前で順番に並んでいる姿も見かけたので、地球人は比較的大人しく規律を守る種なのかもしれない。
俺の姿を見ても特に敵対反応は無いので、地球人と思われているか、宇宙人に興味がないのかのどちらかだろう。
外見上はほとんど見分けがつかないはずなので、恐らく前者だと思われるが。
特に気になるのは至るところに置かれた金属製の箱だ。
お金を入れてボタンを押すと、中なら商品が出てくる仕組みのようだ。
人の作業を減らすために自動化するというのは合理的なのだが、防犯上の観点から実際に実現するのはなかなか難しいはずだ。
これまで多くの惑星を旅してきたが、初めて目にしたような気がする。
試しに1つ購入してみることにする。
赤い自動販売機の前に立ち、地球人がやっていたように硬貨を入れて適当なボタンを押す。
「ガチャコン!」
予想より大きな音とともに赤い缶に入った飲み物が出てきた。どうやらコーラという飲み物らしい。
早速取り出してプルタブを開けてみる。
「カシュ!」
プルタブを開けると、缶に閉じ込められた気体が勢いよく噴出するような音を立てた。なんとなく甘いような匂いもしている。
「ゴクゴクゴク……。ゲホゲホッ、なんだこれは!」
一気飲みしてしまいむせてしまったが、ピリピリとする喉越しと甘い風味が五臓六腑を駆け巡る。
飲んだ後も清涼感と甘さが鼻を抜け、爽快さを感じる。
今度はむせないように気を付けながら、一気に飲み干した。
「なんてことだ……。宇宙一美味い飲み物がこんな所にあるなんて……」
衝撃だった……。
地球という星に上陸してわずか10分足らずでかつて経験したことのないような味と巡り合ったのだ。
この星の科学力はこれまでの惑星と比べても、決して高いとは言えないはずなのに一体何が違うというのだろうか……。
――
「ちょっ、早っ!」
帰還した俺を出迎えたのは、ハカセのツッコミだった。
それもやむを得ないだろう。さっき転送したはずの俺が何故か大量の缶を抱えて帰還したのだから。
転送に成功し、安堵の気持ちでお茶を一服しはじめたばかりのハカセは驚いたに違いない。
「ハカセ、地球はすごい星かもしれない!」
「え?どういうこと?ちゃんと説明してよ……」
俺はわずか10分程度の上陸で分かったことをハカセに説明した。
地球人の行動、自動販売機、そしてこのコーラという赤い缶のことだ。
「色々と衝撃を受けたんでしょうけど、いくらなんでも早すぎない?調査はどうなったのよ?」
ハカセが当たり前の事を言ってきたが、俺の気分はそれどころでないのだ。
「調査なんてどうでもいいから、まずこれ飲んでみて!」
持ち帰った赤い缶の1本を取り出し、プルタブを開けるとハカセに差し出した。
「いきなり何なのよ!分かったわよ、飲めばいいんでしょ。ゴクゴク……」
案の定むせ返るハカセ。
そう、数分前の俺もそうだったよ……。
次はその美味さに驚くはず!
「何これ?薬みたいな味がするんだけど……なんだか口の中がピリピリするし……」
あれっ?思っていた反応とちょっと違うような……。俺の目論見では美味しさに打ち震えているはずなのだが。
とはいえ、ハカセも初めて経験する味に戸惑っているようだ。
「そこがいいんだよ。様々な味が複雑に絡んでいるだけでなく、冷たさや刺激も加わって想像を超えた味わいをもたらすんだ。こんな飲み物は初めてだよ!間違いなく宇宙で一番美味い!」
そう熱く語ったのだが、ハカセの反応はイマイチだった……。
この味は個人差が大きいのだろうか?
「で、転送先で早速これを見つけて帰ってきたと……?」
ハカセは怪訝そうな表情を浮かべていた。
想定と異なる反応に俺も少々戸惑い始めている。
「まあ、そういうことなんだけど……。この感動を少しでも早く、誰かと共有したくてさ……」
「前から思ってたんだけど、イチローってこういうガツンと来るような味に弱いわよね。舌が貧乏なんじゃない?」
ハカセの容赦ない言葉に反論の言葉を失ってしまった。
実際、7人の中で俺とサクラ氏は偏食で有名だ。
サクラ氏は肉と酒、俺はお菓子ばかり食べているので食事当番を困らせることが多い。
ハカセは味よりも栄養バランスを求めるタイプなので、ハカセの作る食事を残してしまうことも多々ある。
「お、イチロー早いじゃん。早速何か持ち帰ったみたいだし、味見させていただきますか!」
そんなタイミングで部屋に入ってきたのはサクラ氏。
勝手に赤い缶を空けて、ゴクゴク飲んでしまった。
「ぷはあ……甘ったるいけどなかなかいいな、これ。シュワシュワ感が特にいい感じなんだけど、酒バージョンは無いの?」
「ですよね、酒ですよね……。次回探してきます……」
とりあえずサクラ氏はこっち側の味覚だと判明したが、ハカセは面白くないようで明らかに不機嫌になっていた。
こういうときには丁度いい方法があるのだ。
「ハカセ、この飲み物の成分を分析してくれないか」
「なんで、私がこんな変なものの分析をしないといけないのよ……。私、結構忙しいんだよ?」
「何故って、こんなことをお願いできるのはハカセだけだからだよ」
「そう?そうかしら……じゃあ、気が向いたらやることもあるかもね……」
相変わらずドライな反応なのだが、顔色は明るくなっている。
計算通りの反応に満足していたのだが、部屋にもう一人入ってきていたことに俺は気付いていなかった。
「イチロー、後ろ……」
ハカセが後ろを呼び指すので振り返ってみると、ボス氏が睨んで立っていた……。
出発したはずの俺の声を聞いて、何事かとやってきたようだ。
「イチロー君?ずいぶん早いお戻りのようだけど、もう一度調査に行ってくるよね?調査なんてどうでもよくないよね?」
ハカセとのやり取りで【調査なんてどうでもいい】などと言ったような気がするのだが、どうやら聞かれていたらしい……。
「はい、直ちに……」
俺が再び転送装置に乗ると、ハカセが無言で転送スイッチを押したのだった。