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イーサンが誰にも知られず別れを告げに来たあの日。
『シェリー……可哀そうに。どこか痛むかい? 僕が代わってあげられたら良いのに。ねえ、シェリー。僕は君を愛しているんだ。君以外のことは考えられないし考えたくもない。そんな僕の一番の望みは君の心の安寧なんだよ』
そう言ってイーサンはシェリーの手を擦る。
『僕は……君のためにここを離れようと思う。今ここで君を攫っても、君はきっと笑って許してくれるだろう。だけどきっとその心は穏やかではいられないはずだ。君はそういう人だよね。君の心が平穏を保つために、僕ができる唯一のことは……君の前から消えることだ。でもね、忘れないで。僕は君を愛している。死ぬまでずっと君を愛し続ける。それは許してほしい』
擦っていた手を止めて、イーサンはその掌に力を込めた。
それから暫くの間、イーサンはシェリーと共に過ごした青春時代の思い出話を続けた。
お互いに幼かった頃から、学園での出来事や夏休みの旅行など、それらはシェリーにとってもキラキラと輝くような思い出の日々。
『愛してる……愛しているよ、シェリー。だから……僕も必ず幸せになると誓うよ。そうでないと君がいつまでも心配してしまうだろうからね。何が僕にとっての幸せなのかは、今はまだ分からない。でも、きっとそれを見つけて幸せを掴むよ。だから安心して欲しい。君はこの国の王妃として王を支えていくのだろう? 国民の生活を守りたいのだろう? 頑張れよ、シェリー。どうか元気で……愛してる』
イーサンがシェリーの掌に唇を寄せる。
『シェリー……シェリー……どうか君のこれからが、唯ひたすら安寧でありますように』
シェリーの手から温もりが離れていく。
ドアが閉まる音がして、病室に静寂が戻った。