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シェリーの病室に入った二人は、かなりやつれたシェリーの顔を見て息を吞んだ。
もう一週間近く投薬だけで命を繋いでいたシェリーの顔色は悪く、目が落ち窪んでいる。
「シェリー、大丈夫か? 心配したぞ」
シェリーが横たわったまま頷いて見せた。
「ご心配をお掛けしました。お二人にだけご苦労を掛けてしまって申し訳ございません」
シュラインが慌てて首を横に振り、サミュエルが起き上がろうとするシェリーの背に手を当てて助け起こした。
「シェリー、本当に戻ってきてくれてありがとう。君は少し瘦せ過ぎだ。もう少しふっくらとした顔に戻さないとアルバートに会えないぞ?」
「そんなに瘦せちゃいました? 早く会いたいのに……困ったわ」
「困ることはないさ。ちゃんと休んでしっかり栄養を摂ればすぐに戻るよ」
サミュエルの言葉の後をシュラインが引き取る。
「つい先ほどアルバートの所に行ったのだけれど、二人で同じ執務室を使いたいってさ。君はそれでいいの? たまには一人になりたかったりしない?」
「ええ、同じ執務室にしようって話し合いました。一人になりたい時はそう言いますから大丈夫ですわ。それに彼は……動くのが難しいでしょう? 私が側にいた方が良いと思うのです」
「うん、そうだよね」
「それと病室のことですが……」
「アルバートが同室にしろって駄々をこねるから、床上げしたらそのまま執務室にできる部屋を準備することになったんだ。工事が済むまでは今まで通りだけど、なるべく急がせる」
「まあ! そんな我儘を? 少し甘やかしすぎたかしら」
「いつの間にそんなことを話し合ったの?」
シェリーはその質問には答えず、魅力的な笑顔だけを返した。
シュラインが肩を竦めて言う。
「まあいいさ。それと……イーサンの事だけど」
言いにくそうな顔でシェリーを見るシュライン。
「イーサンが? もう辺境領へ戻ったとばかり思っていましたが、何かありましたの?」
「あっ……いや、戻ったということを知らせてなかったと思ってね」
「実は帰る前にこの部屋に訪ねてくれましたわ。体がピクリとも動かなかったので、意識がないと思われていたのでしょうけれど、意識はありましたし、会話は全部聞き取れていたのです」
「彼は君に何を言ったのだろう……あっ! ごめん! 聞いてはいけないことだった。忘れてくれ」
シュラインが慌てて言った。
シェリーがニコッと笑って答える。
「詳細は控えますが、それはもう熱烈な愛の告白をしてくれましたわ。ふふふ……」
シュラインとサミュエルは顔を見合わせた。
何かを思い出すように窓の外に視線を投げたシェリーの横顔が美しい。
「やっぱり内容は聞かないことにしよう。部屋の件は急ピッチで進めるよ。だから君はできるだけ養生に専念してくれ」
「はい、お義兄様。お気遣いありがとうございます」
ドアがノックされ、レモンと医者が入室してきた。
シェリーの脈拍などを診た医者が、看護メイドに指示を出す。
「少量でも栄養価の高いルリルリの実のスープを用意してくれ。アルバート殿下にも同じものを」
頷いた看護メイドが退出し、サミュエルとシュラインも医者と一緒に出て行った。
一人残ったレモンがシェリーをベッドに寝かせながら言った。
「ゆっくり眠ってください。食事が来ましたらお声掛けしますので」
シェリーが笑いながら答える。
「もうこれ以上は眠れないほど眠ったわ。今までの睡眠不足を一気に補充した感じよ。ねえレモン、手紙が書きたいのだけれど用意をしてくれる?」
「畏まりました。ご無理は禁物ですよ」
レモンはベッドサイドの引き出しから便箋を取り出した。
「こんな業務連絡のような便箋じゃなくて……そうねぇ、薄い緑色の便箋がいいわ。私の瞳の色に近い感じ」
「瞳の色ですか? どなたに出されるのかは存じませんが、まさかラブレターですか?」
悪戯っぽい顔でレモンが揶揄った。
悪びれずにシェリーが言う。
「ええ、そうよ。ラブレターを書くの。だからそんな感じのロマンチックな便箋を養子てほしいわ。インクの色は……ブルーがいいかしらね」
「殿下の瞳の色ですか?」
「まあ! さすがレモンだわ。その通りよ」
レモンはニコニコ笑いながら言った。
「畏まりました。すぐにご用意いたします」
レモンの言葉を聞いて安心したシェリーは、疲れたのかゆっくりと目を閉じた。
聞こえるはずのないカサカサという木の実の擦れる音が、耳の奥に心地よく響いている。
「レモン……少し休むわ」
穏やかな顔で寝息を立て始めたシェリーの顔を覗き込んでから、レモンは病室を出た。
浅い眠りの中で、シェリーはイーサンが見舞いに来た時のことを考えていた。