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第182話 へミス教

 ミノラルから馬車で揺れること一週間ほど。

 舗装されている王都の道とは違い、最低限馬車が通れると言ったような荒い道を通りながら、俺達は依頼主の村長がいるデロン村に来ていた。

 自然豊かな山の中にあるだけあって、山菜や果実などが名産だったのだが、流行り病のせいで人手不足になり、その名産物もそのまま山に放置されていた状態になってしまっているとか。

 御者のおじさんやデロン村に行くまでの間に、そんな情報を得て何となくの村の想像を膨らませていた。

 そして、そんな情報の中で、とりわけ目立つ情報が一つ。

「……なるほど、これが例の宗教ですか」

「すごい数ですね」

 村に着くなり村長の家にお呼ばれした俺たちがそこで目にしたのは、部屋の中一体にずらりと並べられていた不気味な顔をした木彫りの人形たちだった。

 そして、部屋の隅には大きな壺や水晶なども置かれており、信仰深さが窺えた。

 リビングで向かい合うように座っている白髪頭の村長は少しやつれていて、目で見て分かるほどの苦労をしているようだった。

 咳きを収めようとして、何度かに分けてお茶を流し込んでから口を開いた。

「ええ、我々が進行しているへミス教です。普通のお布施とは別で人形を置くことで、病から我々を守ってくるのです。へミス様を信仰することで命を守っていただけているのですが、中々病が完治することがなく、冒険者の方のお力を借りたいと考えております」

 そんなことを言いながら頭を下げてきた村長は、首から垂らしたネックレスをきゅっと握りしめるようにしながら、そんな言葉を口にした。

 へミスという神を信仰するへミス教。

 正直、聞いたことのない宗教だし、見るからに怪しい宗教だとは思う。これだけ不気味な人形に囲まれる環境は普通ではない気がするが、何を信仰するかは個人の自由だし、あんまり深く突くのも失礼だろう。

 それでも、興味本位で少しだけ聞いてみたくなるというもの。

「この村の住人の家には、こんなに多くの人形とかが置かれているんですか?」

「いえいえ、我が家はへミス様の信仰がとりわけ強い家ですから。これだけ揃えるにはお金もいりますから、もっと少ない家の方が多いですよ」

「結構お高いんですか?」

 俺の代わりに聞いたリリの言葉に対して、村長は顎に手を当てながら周囲に視線を向けて、なんでもないことを言うかのように言葉を続けた。

「へミス様の木彫り人形が一体5万ダウ、壺が50万ダウ、水晶が100万ダウですね」

「……ま、まじですか」

 しばらく言葉を失ったあと、俺は自然とそんな言葉を漏らしてしまった。並べられている木彫りの人形の方に目を向けて確認したが、どう見ても造りが荒い。とてもじゃないが、そんな値段がするようには見えない。

 壺だって趣味の悪い模様が入っているだけで、どこかの市場の売れ残りと質だって変わらないだろ。

「こ、この部屋だけでもすごい値段しますよね」

 ずらりと並べられた人形が十数体と壺が三つ、水晶が二つ。リリの言う通り、この部屋だけでも400万ダウ以上かけられている。

 驚きを隠せなくなった俺たちを見て、村長は見慣れた反応を見るかのように小さく頷いた後、言葉を続けた。

「外から来た人はみんな驚かれます。しかし、へミス様に信仰を捧げなくては、この村では生きていけないのです」

「生きていけない?」

 村長の言葉にどこか引っ掛かりを覚えて、俺はその言葉を反射的に聞き返していた。

 その言葉の裏に何かがある気がして、聞き返せずにはいられなかったのだ。

「ある村の者がへミス様の信仰に疑いをかけて、部屋の中にへミス様を崇める物を何も置かないようにしました。首にかける十字架も全て捨てた後、『へミスを信仰しなくなってから、体の調子が良くなった』と言い始めたのです」

 あまりにも高額なお布施を要求してくるへミス教の教会の者に疑問を抱いたのだろう。

 その男はこっそりと村を出て、他の街で数日過ごしたその男は、信仰から離れた方が体調が良くなったと村の人たちに言って回っていたらしい。

 一見、怪しい宗教にハマっていた男が、その宗教から抜け出したという話。とても、悲しそうな表情でする話ではない気がするのだが、村長の顔色はみるみるうちに悪くなっていった。

「それで、その男の人はどうなったんですか?」

「……亡くなりました。へミス様への忠誠を誓わなくなった三日後です」

 村長はそれからぽつぽつと言葉を続けた。

 へミスの加護がなくなったら死んでしまう。そう思った村民は知り合いや家族からお金を借りて、家の物を売ってその資金をお布施としていることを。

 食費に回すべきお金も信仰に使わなければならず、それも命を守ってもらうためには仕方ないことも。

 話を聞く限り、頬がこけている村長の顔は老化ではなく、栄養不足から来たものらしい。

 そんな後味の悪い話を聞かされた後、俺達は本題となっている周辺の山の調査について詳細を聞かされるのだった。

 当然、へミス教という宗教の話の方がパンチが強く、山の調査の話はあまり頭に入ってこなかった。

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