88
微笑むアルバートを眩しそうに見て、シェリーが言う。
「ええ、アルバート。私もあなたのことを愛しているわ」
「でも僕は……君を母親にはしてやれないんだ」
「知ってるわ」
「知ってたの? でも……それでも良いの?」
「もちろんよ。あなたと私の子供に会いたいという気持ちはあったけれど、それが全てでは無いでしょう? いればいた人生だったのだろうし、居なければいない人生よ。どちらも私の人生でしょう?」
「そうだね。でも僕はもう君のいない人生は考えられないな。君がいなくなるならこのまま目覚めるを止めたいくらいさ」
「義兄様や叔父様が困るわよ?」
「困らせればいいよ。僕は君さえよければそれでいい」
「あらあら、王様失格ね」
「ははは! ねえシェリー、このままここでずっと二人だけで暮らさない?」
シェリーがふと笑った。
爽やかな風がアルバートの銀髪を揺らす。
顔にかかったその髪を指先で弄びながら、シェリーがもう一度アルバートに口づけた。
「本当にそれでいいの?」
「ダメかな……」
「ダメでしょう? あなたは国王としてゴールディを立て直さなくちゃ」
「君がいないと無理だし嫌だ」
「もちろんあなたの横にずっと居るわ」
「一緒のベッドで毎日眠ってくれる?」
「もちろんよ」
「夜会や視察は全部兄上と叔父上に任せよう」
「それも良いわね。あなたは頭脳労働だけ担えば良いんじゃない?」
「君の負担が増えるね」
「即位はするんでしょう? 表舞台は国王代理のサミュエル殿下に任せましょう。私は王妃として出席しなくてはいけないものだけ出るわ。後はずっとあなたと一緒にいる」
「では執務室は一緒にしようか」
「そうね。大きな部屋にして休憩するためのベッドも置きましょうね。今までのような簡易ベッドではなく、きちんと眠れるようなベッドが良いわ」
「うん、そうしよう。僕は足と一緒になんとかという器官も切除しているから、疲れやすいし体調を崩しやすいんだって医者が言ってたよ」
「同意してくれて良かったわ。ねえ? こうやっている時間も、きっと仕事がたまっているでしょう? そろそろ戻る?」
「もうちょっとだけこのまま」
「どこかで区切りをつけないと、本当に戻れなくなっちゃうわよ?」
「まだ大丈夫だよ。必ず戻るから。ここなら君と僕はただの男と女だ。戻ると王と王妃だろ? もう少しこのまま……ね? お願いだよ」
「いいわ。あと一日はこうしていましょうか」
「うん、戻ったら一番に何をする?」
「そうね……アルバートは?」
「僕は……君にプロポーズしたい」
「もう夫婦になってるのに?」
「そうだよ。だって僕は君にプロポーズしてないよ?」
「そういえばそうね」
「だから現実に戻ったら、一番に君に愛を告げるよ」
「うん、楽しみにしてる」
二人は笑い合って何度も軽いキスを楽しんだ。
二人の頭上でカラカラと木の実が揺れる音がする。
まるで二人のことを囃し立てるかのようなその音を、シェリーは死ぬまで忘れないと思った。