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第二十六話 「泣かない国」

 ガッシャアアアン!!! しゃらくとの激しい激突の末、ビルサが吹っ飛ばされ、自分の城に勢いよく激突する。ビルサは白目を()き完全に気を失っている。
 「・・・!!?」
 陰で見ていたお(しぶ)は、目を丸くし開いた口が(ふさ)がらない。一方隣に座っているウンケイはニヤリと笑う。
 「ちんたらしやがって。もう少しで俺が出るとこだったぜ」
 「・・・本当に、・・・倒しちゃった・・・!!」
 そんな二人の視線の先、疲れ切ったしゃらくが大の字に寝転ぶ。
 「あァァ! ハァハァ。腹減ったァ!!」
 息を乱しながら、寝たまま大声を出す。するとお渋は立ち上がり、しゃらくの元へ駆けていく。
 「しゃらくさん!!」
 「お渋ちゃん」
 すると、お渋がそのままの勢いでしゃらくに抱きつく。
 「あわわわァァ!」
 しゃらくが頬を赤くして慌てふためき、手足をバタバタと動かす。
 「・・・本当にありがとう」
 お渋の、しゃらくを抱きしめる腕に力が入る。しゃらくは、お渋が震え泣いているのを感じ、そっと抱き締めようと手を上げる。
 「そういや、ブンブクはどこに行った?」
 ウンケイが周囲を見渡す。
 「あ! そういえば! どこに行ったのかしら?」
 お渋がサッと立ち上がり、しゃらくの手が空振りする。そして城の中へ、子狸を探して歩いていくウンケイの後ろを、お渋が追っていく。
 「うおォ~!! お渋ちゃァァ~~ん!!」
 しゃらくは泣きながら、遠ざかるお渋の背中に手を伸ばす。すると、砕け散った大きな城壁の破片の陰から、目にも止まらぬ速さで何かが飛び出す。
 「危ねェェ!!!」
 しゃらくの声にウンケイもすぐに気付くが遅く、お渋が何かに捕まってしまう。
 「ケーッケッケッケェ!! おいてめぇら! この女を殺されたくなきゃ大人しくしろぉ!」
 お渋を抱えているのは、二本牙(にほんきば)の一人である鋭牙(えいが)のキンバ。お渋の首元には刀が向けられている。
 「何だこいつ!」
 ウンケイが薙刀(なぎなた)を構える。
 「てめェ! お渋ちゃんを離せ!!」
 しかし、しゃらくは起き上がることが出来ず、うつ伏せのままキンバを睨む。首に刀を当てられたお渋は、震えて涙を流している。
 「ケーッケッケ! 俺はビルサ様の二本牙(にほんきば)の一人、鋭牙(えいが)のキンバ! どんな姑息(こそく)卑怯(ひきょう)な手を使ったか知らねぇが、よくもビルサ様とコルゾさんを! 許さねぇぞ!」
 キンバがお渋の首に少し刀を押し付ける。すると、お渋の首から少し血が垂れる。しゃらくは目を見開き、握る拳に力が入る。ウンケイはしゃらくをチラリと見て、視線をキンバに戻す。
 (・・・俺が戦った奴より明らかに速い。流石にこの距離じゃあ、しゃらくでも追いつかねぇ。どうする?)
 ウンケイの額にたらりと汗が流れる。
 「ビルサ様とコルゾさんの二人が起きるまで、大人しくしててもらうぜぇ? ケケケケ! たかが女一人を(おとり)にされて動けなくなるとは、とんだ腰抜け共だぜ!」
 キンバが高らかと笑う。刹那(せつな)、ズバァァァ!!! キンバの背中から血が噴き出す。それに乗じてお渋が逃げ、地面にへたり込む。突然出血したキンバは気を失い、そのまま前傾に倒れる。キンバの後ろでは、隻腕(せきわん)の侍が刀を振り上げており、刀には血が(したた)っている。
 「お渋ちゃん! 無事か!?」
 「・・・う、うん。大丈夫・・・」
 お渋はしゃらくを背にしたまま、隻腕の侍に視線を向けている。
 「・・・てめぇは。・・・いいのか? 裏切りだぜそれは」
 ウンケイがニヤリと笑う。
 「・・・いや、最初(はな)からこうすべきだったのだ」
 そう言うと隻腕の侍は、刀を振って付着した血を飛ばし、片腕ながら美しい所作で、(さや)に刀を収める。
 「誰だお前?」
 しゃらくが寝たまま尋ねる。隻腕の侍は、しゃらくに目をやると、(おもむろ)に膝を着いて頭を下げる。
 「俺はビルサに仕えていた侍。町民を苦しめる悪政に目を背け、加担していた。・・・自ら町民達を苦しめておいて、おかしな事言わせてもらうが、・・・かたじけない! 二本牙(にほんきば)と軍隊長コルゾ、そしてビルサを()ってくれて・・・」
 頭を下げて下を向く侍の目から、大粒の涙がボロボロと零れているのが分かる。
 「・・・これで、皆が安心して暮らせる。誰も泣かずに済む。・・・本当にかたじけない!」
 震える侍の(そば)で、お渋もポロポロと涙を流している。すると外壁の外から、何やら喧騒(けんそう)が聞こえて来る。見ると、町人達が斧や鎌、棒切れなどを手に、押し寄せて来ている。
 「どわァァ! 何だァ!!?」
 「今度は何だよ!」
 しゃらくとウンケイが驚く。お渋と侍は目を丸くしている。
 「ビルサぁ! 覚悟しろぉ! お前の支配はこりごりだぁ!」
 町人達が興奮状態で、四人のいる広場へ流れ込んで来る。しかし、町人達が辺りを見渡すと、しゃらくとウンケイら四人しかおらず、その傍には二本牙(にほんきば)のキンバが倒れている。その様子を見て、今度は町人達が目を丸くしている。
 「・・・お渋!!」
 すると町人達の中から、一人の男が杖を着いて前へ出て来る。
 「・・・お父ちゃん? お父ちゃん!!」
 お渋が駆け出し、男に抱きつく。
 「お父ちゃんどうしてここに!?」
 「お前が心配で・・・。お前血が出ているじゃないか!」
 お渋の首から血が垂れているのを見て、男は慌てふためく。男は、ウンケイが助けた、長屋で横になっていた男で、体が弱くフラフラながら娘が心配で、城までやって来たのだという。他の町人達も心配して、お渋を囲む。
 「大丈夫、少し切っただけだから。・・・それより、あの人達がビルサ達を倒してくれたのよ」
 お渋がしゃらくとウンケイを見つめる。町人達は口をあんぐりと開けて、二人を見つめる。
 「あんたら・・・、ビルサまで・・・? 本当かい・・・?」
 「おうよ! おれ達が倒したぜ! 安心しなァ!」
 バッ! しゃらくが横になったまま腕を広げ、見得(みえ)を切る。
 「うおおおおお!!!」
 町人達が抱き合って大喜びする。踊り出す者もいれば、涙を流す者までいる。その中、泣きながらお渋と抱き合うお渋の父は、(おもむろ)にウンケイの方へ目をやる。ウンケイが視線に気付くと、お渋の父はニコリと笑って頷く。ウンケイもニッと笑って(うなず)く。
 「わははは。こりゃア参った。皆を泣かしちまったぜ」
 「誰も泣かねぇ国ってのは、どうやら一筋縄じゃいかねぇな」
 しゃらくとウンケイが笑う。すると城内から何やら気配を感じ、しゃらくとウンケイが振り向く。城から出て来たのは、自分の体の何倍も大きな風呂敷を引きずる子狸である。子狸は、風呂敷がよっぽど重いのか、顔を真っ赤にして滝のような汗をかいている。
 「・・・なんだブンブクか。あいつ、何持ってんだ?」
 しゃらくとウンケイが首を傾げている。
 「ブンブクちゃん!!」
 子狸に気がついたお渋が、駆け出して子狸を抱き締める。子狸は嬉しそうに尻尾を振っている。すると、その勢いで風呂敷が傾き、そのまま倒れる。中には大量の食材が入っており、その全てが広場に雪崩(なだ)れ込む。
 「食いもんだァァ!!」
 しゃらくが物凄い勢いで立ち上がり、拾い食いをする。ブンブクは、全て独り占めしようとしていたようで、手を出したしゃらくに噛み付く。
 「よし! 今日は祭りだ! あんた達にご馳走を振る舞おう!」
 町人達が笑う。しゃらくは大喜びするが、子狸は絶望したような表情をしている。皆が怯えていたこの城には今、皆の大きな笑い声が響いている。



 大きな部屋の真ん中に蝋燭(ろうそく)が一本、その火がゆらゆらと部屋を揺らしている。その部屋の(ふすま)の前には、片膝を付いた男が一人。
 「・・・ご報告致します。幹部である恐土竜将(もぐら)のビルサ様が、何者かに敗北を(きっ)したようです」
 すると部屋の中、大きな目がギロリと睨む。
 「・・・幹部? (よえ)ぇ奴は、我が軍にはいらねぇ」
 地を()うような、低く鋭い声が月夜に響き渡る。
 完

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