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第二十五話 「自然の摂理」

 激戦(ほとばし)るビルサ城の外。城下の町では町人達が集まっている。その中央には隻腕(せきわん)の侍が座っている。
 「なぁあんた! あの城でビルサ達と戦っている奴らがいるって本当かい? そいつら何者なんだ?」
 町人達が、隻腕の侍を囲んで尋ねている。町人達は心なしか、少し息を荒くしている様に見える。
 「・・・本当だ。どこの誰かも知らんが、恐らく二人組。一人は大きな薙刀(なぎなた)を持った大男。もう一人は、まだ若いが世にも奇妙な能力を使うと聞いた。大男の方とは相まみえたが、向こうはかなりの手練(てだ)れ。俺達では全く歯が立たなかった」
 隻腕の侍が、ポツリポツリと呟く。町人達は息も忘れ、話を黙って聞いている。
 「・・・しかし、ビルサは十二支(えと)将軍の幹部。皆も知るように、神通力(じんつうりき)も有している。更に、軍隊長のコルゾや二本牙(にほんきば)の二人、城には百人以上の兵が待ち構えている。彼らにとって圧倒的に不利な状況だ」
 状況を聞いた町人達は、顔色を曇らせる。
 「・・・そうか。いくらその二人が強くたって、あいつら化け物とそんなに侍がいたんじゃあなぁ・・・」
 「あのお兄ちゃんなら、きっと勝ってくれるよ!」
 突然の声に皆が振り返ると、そこには一人の少年とその母親が立っている。母親は怪我をしているようで、体に包帯を巻いており、少年が傍で体を支えている。
 「あのお兄ちゃんは、おれたちを侍から守ってくれたんだ! 二本牙(にほんきば)の一人だって、あっという間に倒したんだから!」
 少年が興奮しながら、身振り手振りを交えて皆に伝える。
 「あの二本牙を・・・? そんなに強ぇならもしかして・・・」
 町人達が、一様にビルサ城を見つめる。
 「・・・俺は、もうビルサの支配下なんて嫌だ」
 一人の男が呟く。すると、周囲の町人達が俺も私も、と続いていく。ビルサが支配するこの町では、まるで町人達の言動を監視するかのように、常にビルサの侍が町を徘徊していた為、思ってはいても口に出すことさえ出来なかったのだ。そこに来て、思いがけずにやって来た猛者《もさ》に町人達は、この悪夢を断ち切ってくれるかもしれない、という希望を託さずにはいられなかった。
 「・・・」
 隻腕の侍は、町人達の声を聞き俯く。この侍は、元々ここの領地を統治していた大名に仕えていた。そこへ突如としてビルサ率いる軍が攻め入り、あっという間に占領されてしまった。その強さに、他の兵達は皆戦意喪失し寝返ったが、この侍だけは最後まで抵抗を続けた。だが、ビルサにその忠誠心を逆に気に入られ、主君と町人達の命を(おとり)に揺すられ、ビルサの下で悪政の手伝いをさせられていた。町人達が苦しむ様子を見ていながら、強大なビルサの力を前に屈していたのだ。そのビルサに片腕にされてしまった侍は、様々な思いを胸に目頭を熱くする。
 「・・・俺がやるべき事はただ一つ。・・・今更情けねぇが」
 侍がギリッと歯を食いしばる。そして立ち上がり、城の方を向く。
 「何が起きるか分からねぇ。皆は家でじっとしててくれ」
 侍は町人達にそう言うと、城へ向かって歩き出す。
 「あんたはどこへ?」
 町人達が、侍の背中に呟く。
 「けじめをつける」
 
 
 ビルサ城内の大広場にて、対峙(たいじ)するしゃらくとビルサ。ビルサが体に(まと)っていた鎧は、しゃらくの一撃で砕け散り、下に着ていた着物だけを纏った姿になっている。しゃらくの方は、両手を血だらけにしており、かなり疲弊(ひへい)しているようで肩で息をしている。
 「・・・グフフ。俺の鎧を破りやがったのは驚いたが、貴様はもうフラフラだな」
 すると、しゃらくが自らの着物を破り、血だらけの両手に素早く巻き付ける。
 「あァ、腹減ってフラフラだぜ。だからてめェをさっさとぶっ飛ばして、お(しぶ)ちゃんの手料理を腹一杯食うんだ!」
 しゃらくが()つん()いに構える。
 「幕引きだ! てめェの支配のなァ!!」
 ヒュッ!! しゃらくが目にも止まらぬ速さでビルサに向かう。そしてビルサの頭上高く跳び、右腕を振りかぶる。ビルサが目を見開き、回転させた両腕を構える。
 「“鎌鼬風(かまいたち)”!!」
 しゃらくがビルサの目の前で消える。次の瞬間、ビルサの全身から血が噴き出る。
 「ゔっ・・・!!」
 ビルサが思わず膝を着く。しゃらくはビルサの前に着地する。
 「・・・貴様。俺の部下の技を・・・」
 「へへ。技は盗むもんだぜ」
 すると、ビルサがゆっくりと立ち上がる。
 「・・・貴様は確かにやるようだ。・・・だが、こんな小僧にここまでされちゃあ、俺の立つ瀬が無ぇんだよ!」
 ギュイィィィン!!! ビルサが両手両脚を高速回転させる。
 「俺は十二支(えと)将軍幹部! 貴様ごとき愚民(ぐみん)に敗れるなどありえんのだ! 愚民共は我らに服従し、我らの為に働き、死んでいかねばならんのだ! それが自然の摂理(せつり)というもの!」
 ビルサが物凄い気迫を放つ。あまりの気迫に、少し離れた陰にいるお渋がガタガタと震えている。ウンケイがそれに気がつく。
 「おい。どうした?」
 震えるお渋の目からは、涙がボロボロと溢れている。
 「・・・分からない。・・・分からないけど、とても恐いの。・・・私達は、ただ従うしかないの・・・?」
 お渋が涙を流して、ウンケイを見つめる。
 「・・・!?」
 ウンケイは目を見開く。たった今ビルサが放った言葉を、ウンケイ自身負け惜しみのように聞いていた。しかし、震えて涙まで流しているお渋を見て、戦いとは無縁の暮らしをしている者達にとって、この国を支配する侍はこんなにも恐ろしく、日々怯え従っているのだと気が付く。ウンケイはギリっと歯を食いしばり、握った拳に力が入る。すると、向こうにいるしゃらくが、四股(しこ)を踏むように片足を高く上げ、地面に勢いよく振り下ろし、地面にひびが入る。
 「しゃらくせェ!! 十二支(えと)将軍は全員ぶっ倒して、おれが天下を取る!! 誰も泣かねェ国にする!!!」
 しゃらくが再び四つん這いに構える。
 「グフハハハ!! くだらぬ夢よ! 貴様はここで死ぬ! 天下を取るのは、“()のウリム”だ!!」
 するとビルサが脚を閉じ、両腕を広げる。そして、ギュイィィィィン!!!! 独楽(こま)のようにビルサが高速回転する。
 「“螺肢旋烈大独楽(ねじれごま)”!!」
 ギュイィィィィン!!! 回転したビルサが地面を抉りながら、物凄い勢いでしゃらくに向かって来る。回転の風圧も物凄く、強烈な風がしゃらくに吹きつけ、思わず体が仰反る。
 「やべェ!」
 勢い止まらず、回転したビルサが目の前まで迫る。
 「“獣爪十文字(じゅうもんじ)”!!!」
 ガキィィィィン!! しゃらくがビルサに突っ込むも容易(たやす)く弾かれ、後方へ吹っ飛ばされ壁へ激突する。
 「・・・いてェ!!」
 しゃらくはすぐに立ち上がり、依然こちらへ向かって来るビルサに、四つん這いで構える。
 「“鎌鼬風(かまいたち)”ィィ!!!」
 ガガガガッ!!! しゃらくが連続攻撃するも弾かれ、また吹っ飛ばされ城壁に激突する。
 「ゔっ!!」
 受け身が取れずに何度も壁へ激突する為、意識が朦朧(もうろう)としてくる。
 「グフハハハハ!! さっきの威勢はどうした天下人(てんかびと)! ハァハァ。十二支(えと)将軍を全員倒すのだろう?」
 ビルサが回転を止め、高らかと笑う。しかし、ビルサの方もかなり疲弊しており、両手を膝に着き肩で息をしている。
 「十二支(えと)将軍は俺でも全く歯が立たねぇ。格が違う。ハァハァ。天下に近いと言われるのには、理由があるのだ。貴様のような生意気な奴が沈められるのを五万と見てきたぜ」
 すると、しゃらくがフラフラとゆっくり立ち上がる。
 「くそっ! ・・・まだ動くか」
 ギュイィィィン!!! ビルサが再び両手両脚を回転させる。
 「・・・そりゃア良かったぜ。てめェで歯が立つ相手なら、()(ごた)えが無ェからなァ!!」
 しゃらくがニヤリと笑う。ビルサは顔を真っ赤にし、再び独楽のように回転してしゃらくに向かって来る。満身創痍(まんしんそうい)のしゃらくも力を振り絞り、再び四つん這いになって、向かって来るビルサに物凄い勢いで突進して行く。
 「望み通り殺してやる! “螺肢旋烈大独楽(ねじれごま)”!!!」
 「取ってやるぜ、みんなの(かたき)ィ!! “猪突爆心(ちょとつばくしん)”!!!」
 バゴォォォォン!!! 両者激しくぶつかるが、ビルサの方が吹っ飛ばされ、城壁へ激突する。ガッシャアアアン!!! そして、ビルサの方が吹っ飛ばされ、自分の城に勢いよく激突する。ビルサは白目を剥き完全に気を失っている。
 完

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