第二十八話 アラニス
ディアス・アラニスは、モニターに映し出されている戦闘風景を複雑な思いで見ていた。
ディアスは、目の前で行われている戦闘を望んでいた時期もあった。
実際に、帝国から追われた身では、帝国の貴族連中を、憎しみがこもった目で見るのは当然だ。帝国の貴族は、ディアス・アラニスにそれだけのことをした。貴族だけではない。ディアスは、帝国を深く憎んでいる。本来なら、”アラニス”を保護して守る存在であるはずの、皇子が率先して”アラニス”を断罪した。いわれなき罪を被せての断罪だ。しかし、憎んでいるのは貴族連中であり、皇族だ。
アラニスを断罪した皇子の派閥が、崩壊している。
進行形で、崩壊している様子をディアスは憎しみが籠った目で見ながらも、心が冷めていく自分に戸惑を覚えている。
喜ぶべきことで、望んでも不可能だと思っていた情景を目にしても、”こんな奴らに・・・”と・・・。
「ディアス」
名前を呼ばれて、思考が停止した。
そして、自分を呼んだのは、振り向かなくても解る。後ろに居るのは、自分を救ってくれて、幸せだと思える状況を提供してくれている人物だ。
「はい。ヤス様」
「あぁ・・・。なんだ・・・。気になるのなら、現場に出てみるか?」
「え?」
「ヤス!」
ヤスは、隣に座っているリーゼを手で制してから、ディアスと周りにいる者たちに聞こえるように話をすすめた。
「現場は現場でも、エルフの里だ」
「??」
ディアスだけではなく、皆の顔も疑問を含んだ表情になる。
エルフの里には、既に増援が送られている。カイルやイチカを含めた子供や戦う方法を持たない者たちを避難させた。避難した者たちを守るという名目で戦える者たちがエルフの里にいる。
そして、”神殿では戦えない”と言われている者たちも、世間の基準から考えれば十分に戦える力を持っている。
「マルスの予想では、エルフの里にも、兵を差し向ける可能性がある」
「それは・・・」
「マルスの予想では、軍である可能性が4割、使者である可能性が3割。避難してきた者たちの可能性が2割」
「残りは?」
「亡命だ」
神殿にいる者だけではなく、帝国の臣民にも帝国が神殿に攻め込んだのは知られている。帝国は、勝てる戦だと判断している。参戦している貴族家も負ける要素は皆無だと思っている。
そのうえで、帝国が勝っても、負けても立場が悪くなる人物や派閥が存在している。
「え?」
「第三皇子が居るだろう?」
ディアスが良くも悪くも想像していた内容だ。
そして、ヤスの指摘が正しい事も理解している。
神殿に攻め込んだ者たちが勝てば、帝国内部では攻め込んだ皇子たちが、派遣を争うようになる。戦争に反対した者たちの立場は悪くなってしまう。
「・・・」
「軍なら、撃退すればいい。使者なら話を聞いてから判断ができる。避難民なら助ければいい。問題は、第三皇子が亡命を考えて、エルフの里に接触してきたときだ」
エルフの里に送った援軍だけで、帝国の軍が撃退できるのか?
そんな疑問は、ここにいる者たちは持っていない。
ヤスが送り出した援軍には、アーティファクトを持たせている。最悪の方法として、アーティファクトを横に並べて、帝国軍に突撃すればいい。ヤスの命令で、アーティファクトが壊れても、帝国に奪われても大丈夫だと伝えてある。
実際に、アーティファクトを奪っても意味がないのは、皆が承知している。
「・・・。はい」
「俺は動けない。もちろん、サンドラやアーデルベルトはダメだ。イチカたちでも大丈夫だと思うが、”格”が足りていない」
ヤスが動けないのは、誰もが認識している。
むしろ、動かないで欲しいと考えている。自由にしたら、最前線に出てしまう可能性すらある。
「そうですね」
ディアスは、ヤスが話した内容を思い浮かべる。
そして、可能性としては低いが厄介なのが、第三皇子の亡命だ。そして、”アラニス”の名前が呪いのようにディアスを襲う。
「一人で行って欲しいとは言わない。カスパルとエルフの里に行って欲しい」
「・・・。はい」
ディアスは、ヤスからの申し出を受け入れた。
第三皇子が亡命を求めてきた場合でも、ディアスに任せるとヤスは言い放った。それには、オリビアが驚いて、ヤスの顔を見てしまったのだが、それも、ヤスは手で制した。
「ディアス・アラニス」
「はい」
ディアスは、捨てた名を呼ばれて、ヤスの思惑が解った。
そして、第三皇子との邂逅が近いことを感じ取った。
「カスパルとエルフの里に行って欲しい。題目は、物資の搬送だ」
「承ります」
「カスパルには、MINIを貸し出す。もし、帰りに同乗者がいる場合には、二人までは許可する」
「わかりました」
「それから、カスパルには、MINIは貸し出すだけで、返してもらうと伝えてくれ、それから、絶対に返せと俺が言っていたと伝えろ」
「わかりました。ヤス様。ありがとうございます」
「必要な経費は、セバスから受け取ってくれ」
指令室になっている会議室の入口には、リーゼがいる関係で、ファーストが立っている。
ヤスの目配せで、ファーストが動き出した。セバスを呼びに行くのだろう。
すぐに、ファーストがセバスとカスパルを連れて戻ってきた。
マルスが準備と連絡をしていたようだ。
説明は、すでにマルスが行っていた。
そのまま、カスパルとディアスはエルフの里に向けて出発した。
二人が出立する様子をモニターで見ていたリーゼが、隣に座っているヤスに向けて話しかけた。
「ねぇヤス?」
「ん?」
「ディアスをエルフの里に行かせても、意味はないよね?」
「そうだな。まぁ第三皇子がエルフの里に、助けを求めてきたのなら意味がある」
「え?意味があるの?」
「そうだな。アラニスの名前が意味を持つ可能性がある」
「ふーん。何か、考えがあるの?」
「あぁそろそろ、帝国からのちょっかいが面倒だろう?」
「??」
リーゼは、ヤスが言っている内容が解らないが、周りにいる者たちは理解が出来ている。
そして、オリビアはヤスが何を狙っているのか理解が出来た。その結果、帝国が大きく変わる可能性に気が付いた。
「エルフの里に誰が来るか?誰が来るのかで、帝国の未来が変わるだけで、俺たちが変わるわけではない」
「ふーん。あ!なんで西門からじゃなくて、正門から行くように行ったの?遠回りなだけで意味がないよね?」
「そうだな。そろそろ、ユーラットにいる面倒な奴らも焙り出したいだろう?」
「ん?あぁ監視している人たち?」
「そうそう。自分たちが監視されていると気が付いているのか解らないけど、ユーラットみたいな寂れた港町に長期滞在している奴らが監視されないと思わないのかね?不自然だよな?潜入するのなら、もう少しだけ考えて欲しい。真剣になっている俺たちが愚かに見えてしまう」
ヤスの問いかけに、オリビアは苦笑いで答えた。
長期滞在している奴らは、自分たちはユーラットに馴染んでいると思っているようだ。
不自然に通過できたことを不思議に思わないのか?
ヤスたちは、侵入者たちが、どこで気が付いて逃げ出すのか掛けていたのだが、マルスの一人勝ちだ。誰も、逃げ出していない。会話の内容から、上手く潜伏出来ていると思っている。
ユーラットはそれこそ、ヤスが神殿を把握するまで、寂れた港町を地でいくような場所で、数年単位で人の出入りがなかった。
ギルドの関係者や、魔の森に挑戦する者が訪れるだけだった。神殿が出来てからは、流れが出来たが、ユーラットに長期滞在する理由はない。ヤスやアフネスやギルドが率先して、滞在の意味がないように動いていた。
「わかった。ヤス。ユーラットは大丈夫だよね?」
「大丈夫だ。リーゼの故郷だ。守るよ」
「うん。ありがとう!」
甘酸っぱい空気が、凄惨な状況をコミカルにしてしまう。
モニターでは、帝国の兵士が討たれる。捕えられる状況を映している。
戦況は、神殿側が圧倒的に有利な状況なのは変わっていない。
しかし、戦況が不利な情報が帝国には伝わっていないために、帝国側の軍は止まらずに、前に勝利を得て、自分たちの欲望をぶつけるために許された略奪を楽しむために進んでいる。
歩みの先に絶望が待っているとは、考えていない。