55
シェリーがいなくなった王宮では、大騒動が巻き起こっていた。
何よりアルバートが発狂しそうなほど狼狽えている。
シュラインが羽交い絞めにして止めていないと、国王の部屋に剣を握って怒鳴り込みそうな勢いだ。
「落ち着け! アルバート!」
「落ち着いてなんかいられませんよ!」
サミュエルも必死だ。
「アルバート! 座れ! とにかく座るんだ!」
ほぼ拘束されたような格好で椅子に座らされたアルバートを見て、真っ赤なドレスを着たグリーナ王国第二王子のキースが唇を嚙んだ。
「誰だ……まさかロナード?」
シュラインが首を振る。
「まさかな。あいつにそこまでの知恵はないさ」
シュラインの後ろで悲痛な顔をしているオースティン。
アルバートはそんなオースティンを見てふと体の力を抜いた。
「すまん……オースティン。君の妹も……」
「いえ……お気遣いなく。あいつは騎士です。それにあの血は鶏のものだとわかったのですから、二人が怪我をしているわけでは無いでしょう」
サミュエルが口を挟んだ。
「それにしてもあの手首は何処から持ってきたのだろうな……」
五人は黙り込んだ。
シュラインがサミュエルに聞く。
「国王の様子は?」
「まだ視察から帰ってきていない。このことも知らせていない。護衛にはなるべく時間をかけろと言ってあるからまだ数日は戻らないだろう」
シュラインはホッと息を吐いた。
「それにしても王妃権限での決裁書類が乱発されていますねぇ。まあ全部偽ものだけど」
「お前の印章細工には気付いていないのだな。兄上も意外とポンコツだ」
「グリーナ王妃とゴールディ王妃の茶会を計画してるんですねぇ。何考えてるんだろう」
キースがドレスを脱ぎながら言った。
「恐らく義母上と既成事実を作るのでしょう。そして王妃とグルックの関係を不貞だとか言い張って殺す……そんなところかもしれません。そうなるとグルックは後を追うかな」
サミュエルがぎょっとした。
「まさか、母親ほど齢が離れてるんだぜ? ただのマザコン行動じゃないのか?」
キースが困った顔で言う。
「いや、あいつはマジですよ。これほど奴の近くで観察したことは無かったので、気付かなかったことが多いことに驚きました。あいつは……異常者だ」
アルバートが頷いた。
「僕たちはミスティ家で薬物中毒を装っていたから、あまり警戒はされてなかったからね。母上に真面目な顔で求愛するんだもん。息子の僕にもぜんぜん隠す様子も無くてさぁ。マジで驚いた」
「義姉上は?」
サミュエルが顔を顰めながら聞く。
「母上は僕以上に肝が座ってますよ。いざとなったら関係を持つことも厭わないくらいの覚悟でした。まあ上手に躱してましたけどね」
サミュエルがホッと息を吐いた。
「神なんだって?」
「そうらしいです。王妃殿下は前世の妻だそうですよ」
「……」
一瞬の沈黙の後、アルバートが声を出した。
「それよりシェリーだ! 今頃怖がって泣いているかもしれない……」
「やっと話を逸らしたのに……」
シュラインの独り言を消すような大きな音をさせてドアが開く。
走り込んできたのはブルーノだ。
「何やってるんですか!」
入ってくるなり怒鳴るブルーノ。
全員が項垂れた。