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シェリーは数秒の間俯いていたが、ふと顔を上げて辺境伯を正面から見据えた。
「それで? これからの動きは?」
片方の口角を上げてニヤッと笑った辺境伯。
「さすがです。まずは我が妹である王妃に死んでもらいましょう。これは側妃の時と同じ方法を取ります。場所はミスティ侯爵家で看取るのはグリーナの第三王子が適任ですね。なぜか奴は王妃に執心している。母親より年上の女に執着するなんて、私からすると気持ち悪いですが、まあ恋愛感情というものは本人しかわかりませんからね」
「そうね、本人の好みだものね。ミスティ侯爵と連絡は?」
ずっと黙っていたエドワードが口を開いた。
「俺が直接言って話はつけた。知っている人間は少ない方がいい。ミスティ侯爵しか知らない。本人さえ知らないんだから第三王子の前で演技をする必要も無いだろ? 一番確実だ」
「でもそうなると国葬よね? そんなに長い間仮死状態にできるの?」
「だからこその第三王子ですよ。あいつの執着はすさまじい。きっと遺体を盗もうとする」
「まさか……」
「いや、間違いなくやる。奴が盗んで逃げるところを奪還するのです」
「そううまくいくかしら。だって予言者なのでしょう?」
「なるほど、そこですか。考慮する必要がありますかね……」
ヌベール辺境伯とエドワード、そしてイーサンが顔を見合わせた。
シェリーは少し恥ずかしい気持ちになったが、敢えて訂正はしなかった。
コホンとひとつ咳をして辺境伯が口を開いた。
「それも踏まえて練り直してみましょうか」
レモンが小さく手を上げた。
「かなり危険な作戦になると思います。ハイリスクならハイリターンを目指すべきだと考えますが、いかがでしょうか」
エドワードが興味深い顔をしてレモンに先を促す。
「この際一緒にミスティ侯爵夫人も奪還しましょう。そして二人を攫ったのが第三王子という筋書きはどうですか?」
エドワードが口を開く。
「理由は皇太子妃殿下をバローナ国に奪われたことへの対抗策……うん、いけるな」
辺境伯が楽しそうな顔をした。
「それなら仮死状態にする必要も無いな。二人を攫い追手から逃れるときに馬車ごと谷に転落……どうだ?」
レモンが容赦ない言葉を吐いた。
「ベタですがいけるでしょう」
くすっと笑ったシェリーが言った。
「これが成功すると、戦いに不向きであり足かせにもなりかねなかった女性陣が全員ここに集結することになりますね」
辺境伯が頷く。
「ここにいるとは考えないでしょうが、この城の守りは鉄壁です」
「信頼していますよ、辺境伯」
シェリーが皇太子妃の顔に戻った。
レモンがまた口を開く。
「近々辺境伯と黒狼殿が王都に向かうと聞いていますが?」
「ああ、前回はミスティ侯爵と話すために単独で動いたが、今回はこの作戦のために全軍で出る。義父殿は登城し王を引き付けておく。その間にイーサンと私が妹と姪の奪還に向かう予定だ。辺境伯の騎士団を引き連れてな」
「辺境伯は国王の挨拶に訪れ、滞在は娘の嫁ぎ先という言い訳が使えますね。この城の守りは?」
「これを計画した時点では妃殿下とレイバート卿は来ていない予定だったから、人員配置を再考する必要があるな」
エドワードの言葉にシェリーが首を振った。
「必要ありません。私たちも同行しますから」
男たちがぎょっとした顔でシェリーを見た。
「だってその方が安全でしょう? レモンは必ず役立つでしょう? 何より彼女が同席した方がシュライン様もサミュエル様も信じてくれるでしょうから。アルバート様には私から話しましょう」
「あなたはどこに身を隠すのです?」
「木の葉を隠すなら森の中ですわ。侍女として王宮に紛れ込みます」
暫しの沈黙の後、全員が同時に言った。
「「「「却下です」」」」
シェリーがしれっと横を向く。
その肩をイーサンが掴んだ。
「絶対にダメだ」
「なぜ?」
「何があるか分からないんだ。守り切れないかもしれない」
「守ってもらう必要は無いわ」
「君は……ダメだ! ダメだ! ダメだ!」
エドワードが仲裁に入る。
「まあ落ち着けよ、イーサン。意外と良い方法かもしれない。確かにここに残すのは不安だよ。戦闘可能な人員はほとんど出払うんだ。むしろ同行してもらった方が守りやすい」
イーサンがエドワードを睨む。
「話が違う! シェリーだけは必ず守ると誓ったはずだ!」
「だからさ。離れて心配するより常に側にいた方が安心できる。確かに多少行動は制限されるが、そのフォローならできる。離れていてはそれができない。違うか?」
イーサンが唇を嚙みしめた。
辺境伯が口を開いた。
「まあその方法もあるということで選択肢の一つとしよう。続きを話しても?」
全員が辺境伯の方へ向き直った。