第三話 余波
公国が、帝国を撃退したという情報は、周辺の国々に伝播した。戦闘の開始時点からの情報が、正確に伝えられた。
帝国の7家が連合を組んで、公国に迫った。帝国も負けるとは考えていなかったために、当初からかなりの情報を流していた。公表されていた兵数は、30万。公表された兵数が、実体を捉えていないのは、当然の事だが、建国を宣言したばかりの国を攻めるのには、大げさな兵数を用意した。終戦後に行われる別の戦いの為にも、7家だけではなく、後ろに控えている者たちも兵を貸し与えていた。
帝国は、戦況が判明するにしたがって、情報統制を行った。しかし、既に情報が流れてしまっていた。公国は情報を積極的に流していた。帝国がいくら情報統制をしても意味がなかった。
勇者たちは、戦場に姿を現さなかった。帝国は、勇者が参戦していれば、戦況を覆せたと喧伝したのだが、それがまた逆効果になった。勇者は、実は戦えなくなっている。そんな噂話がセットになって広がってしまった。もちろん、公国と密接に繋がっている帝国内の貴族家が、園遊会などのパーティーで壁の話として流していた。
帝国は必死になって噂話を消し去ろうとしたが、動けば動くほどに、噂話が真実味を帯びてしまっている。
全てが裏目に出てしまった。
『1兵も損なわずに、7家の連合軍を撃退した』
公国は、積極的に噂話を流していない。事実だけを公表した。
連合軍を撃退した事で、公国に媚びを売ろうとしている
魔の森に隣接する国家は、選択を迫られる状況になってしまった。
実際には、公国は選択を迫っていないのだが、帝国が公国と隣接する国家に、圧力を掛けている。公国を攻め落とそうと呼びかけたのだ、帝国の帝国たる所以の書状が届けられた。
自分に与えられた執務室で、各国から届いた書状と、公王が暫定で決めた方針をまとめた紙面を眺めている。
ドアがノックされて、おっさんが部屋に案内されてきた。今日は、一人のようだ。イーリスは、正直な話として、おっさんが一人で来てくれて”ほっ”とした。カリンが嫌いなわけではない。感情としては、好ましいと思っている。しかし、黒い部分の話をカリンに聞かせたくない。
おっさんが、座るのを待ってから書類を渡す。
”意見を聞きたいから来てもらった”と理由を告げる。おっさんには、イーリスたちの召喚に応じる義理は無いのだが、おっさんは断れない予定がない限りは、イーリスたちからの要請には従ってくれている。
また、それがイーリスや公王からしたら負担になってしまっている。
おっさんの前には、諸外国から送られてきた書状と、今のところ把握できている帝国の動きが書かれている。
公王の対応が書かれた書類は、おっさんに見せていない。
「まー様?」
おっさんが、書類に目を通したタイミングでイーリスが声をかけた。
「書状の内容は確認した」
「・・・。はい。何度も、呼び出してしまって・・・」
「それは、気にしなくていい。俺たちにもメリットがある。それに、公国が負けるのは俺たちも困ってしまう。できるだけ、公国には安定した国歌になって欲しい」
「ありがとうございます」
「それで?」
「差はありますが、帝国が公国に攻め込んでくるという内容です」
「そうだな。帝国はまだ動きを見せていないよな?」
「はい。周辺国家に、帝国が書状を送って、丁寧に自分たちは迷っているという言葉を付けて教えてくれています」
「ふぅーん。それで?」
「え?」
「帝国以外の国からの密告があったのだろう?」
おっさんは、書類を指さしながら内容の詳細を問いかける。
「はい」
「公国はどうする?」
「公王は、帝国だけではなく、他の国への備えを行うようです」
「まぁ当然だな」
「まー様?」
「あぁすまん。公国が戦闘状態になったら、発生した難民は森で引き受けよう」
「ありがとうございます」
「戦闘状態にならないのがベストだろうな」
「え?あっはい」
「イーリス。口の軽い愚か者を捕えていないか?」
「え?」
「そうだな。自称商人や、自称騎士がいいのだけど、所属は帝国以外の国だと嬉しい」
「口が軽いか解らないのですが・・・。不正な商売をした商人なら・・・」
「そうか、その商人を罰金だけで解放はできるか?」
「可能です」
「罰金を払い終えたら、牢で解放することもできるか?」
「可能です。どうせ、牢も新造したばかりなので、機密になりそうな情報は、まだ何もありません」
「それなら、帝国が公国に停戦を申し入れるという書類を偽造して、公国は拒否する返事を書いている途中の書類を用意して、商人に読ませる。方法は任せる。少しくらいわざとらしい位が丁度良いだろう。あと、各国からの申し出の書類にその国に隣接する国に攻め込む準備があると追加して、公国も一緒に攻めて欲しいと改竄しておけばいい」
「・・・。バレませんか?」
「見透かされても困らないだろう?」
イーリスは考え始める。
おっさんの言っている通りに、公国が攻め込まれないようにするための情報戦だ。帝国の思惑は、帝国以外の国が攻め込むことによって、漁夫の利を狙っている。諸外国も、帝国の狙いが解っているので、公国に知らせてきて、本当に帝国が攻め込めば、状況次第で帝国に味方するか、公国に味方するのか決めようとしている。日和見の状況だ。
帝国以外の国も、漁夫の利を狙っている。
皆が同じように考えて動いている。
誰も動かなければ、公国に攻め込んでくる国は居ない。
時間は、公国に味方する。
今は、一日でも二日でも時間が欲しい。
その時間を稼ぎ出す方法としては、噂を利用するのが一番だろう。どこかに攻め込んだ時点で、他の国から攻められる。諸外国は、同じように公国を狙っている。
帝国を撃退した時と手法は同じだが、狙いが違う。
同士討ちや崩壊を誘っているのではない。時間稼ぎだ。
「ありがとうございます」
「そうだな。そろそろ、帝国は勇者を投入するかもしれないな」
「え?」
「7家の敗北は、勇者が参戦しなかったからなのだろう?」
「・・・。はい」
「諸外国の扇動が失敗すれば、次は少数精鋭でのゲリラ攻撃か、”個”の戦力に頼った戦闘だろう?」
「そうですか?」
「もう一つの選択肢として、全面戦争が考えられるけど、今の帝国に全軍で、公国に攻め込むのは不可能だろう?」
「全軍は・・・。今の状況では、王都に居る近衛や騎士団は動かせないでしょう」
「噂に踊らされている状況だからな。しっかりと情報を収集して、分析を行えば、欺瞞情報だと解るのに・・・。調査をしないのだな」
「・・・。まー様。カリン様は?」
「ダンジョンに潜っている。アキとイザークたちの引率だな」
「そうなのですね」
「イーリス。俺は、戻るけど、何かあれば、いつもの方法で連絡を頼む」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
おっさんは、提案だけして部屋を出る。
残されたイーリスは、おっさんの提案を実行するか考えるが、”デメリット”がないことから実行に心が傾いている。
最終的には、公王の判断に任せることになるのだが、その為に、抜けがないのか考える必要がある。
おっさんが、イーリスにだけ助言をしているのにも理由がある。
言葉にして説明はしていないが、おっさんが危惧している内容は、イーリスも理解している。
イーリスは、”なぜ”や”どうして”という言葉を飲み込んで、ドアから飄々とした足取りで出ていくおっさんを見送る。
「ふぅ・・・。ロッセルと話をして、公王にも相談しないと・・・。その前に、しっかりと考えないと・・・」
イーリスは、冷え切った飲み物が入ったカップを持ち上げて、唇を湿らせる。
一口分の液体を含んでから、カップをテーブルに戻す。