「守るために必要なもの」
「守るために必要なもの」
小学五年生の秋、俺の家は別の学区に引っ越し、小学校も転校することになった。
特に問題なく放課後を迎えた初日、教室に担任がいなくなったところで、クラスメイトのやり取りが目に入った。
「おい、修。オレの代わりに宿題やっとけよな」
「わ、わかったよ、陽介くん……」
他よりも一回り大きな男子が小柄な男子にそう命令していた。
教室内にあの陽介という奴に誰も逆らえないような雰囲気を感じた。
陽介は数人の取り巻きを連れてどこかに行こうとするが、俺はそれを引き留めた。
「おい、待て。自分の宿題くらい自分でやれよ」
「何だ、転校生。オレとやろうってのかよ」
陽介はニヤリと笑う。腕っぷしには自信がある様子で、両手をコキコキと鳴らした。
「喰らいやがれっ!」
陽介は拳を振りかぶって襲い掛かってきた。大したことないと一目で分かった。
俺はその遅い拳を軽くかわすと、足を引っかけた。陽介はみっともなくこける。
「ぐっ、この野郎っ!」
陽介は何度も襲い掛かってきたが、その度にこけさせてやった。
クラスメイトの視線が集まり、彼らはスッとしたような表情に見えた。
「く、くそっ! 覚えてろ!」
陽介は居た堪れない様子で逃げていった。
すると、修と呼ばれていた男子が寄ってくる。
「あの、助けてくれて、ありがとう。え、と……雅人、くん?」
「ああいう奴は反撃してこないからどんどん調子に乗るんだ。駄目だぞ」
「でも、怖いよ……痛い目に遭うよりは、って思っちゃう」
「まあ分からなくもないが」
俺は少し考えて、名案を思い付く。
「そうだ、今度の日曜日、暇か?」
「う、うん、多分」
「じゃあ良いところに連れていってやるよ。俺の家に来てくれ」
日曜日、俺は家に来た修と一緒に父親の車に乗り込んだ。
向かった先は、三田市にあるナックルキックボクシングジム。
「俺は一年生の時からここに通ってるんだよ。引っ越したから少し遠くなっちゃったが、これからも通うつもりだ」
「そうなんだ……だからあんなに強いんだね」
俺は修のことを先生に紹介した。
今日は体験ということで、このジムで普段している練習を一通り行っていく。
修は初めは戸惑っていたが、数を重ねるにつれて少しずつ動きが良くなっていった。
休憩中に声を掛ける。
「どうだ、調子は」
「しんどいけど、楽しいっ」
修は汗をたっぷりかいていたが、笑顔で言った。
連れてきて良かったな、と思う。
「先生がいつも言ってるんだけど、体が強くなると自信が付くし、恐ろしい相手に立ち向かう勇気を持てば、困っている誰かを守ることが出来るようになるんだ」
「僕もそうなれるかなぁ……」
修はまだ自信がなさそうだったが、俺は自信を持って言う。
「なれるさ。なろうと思えば何にだって」
「……うん! 僕もこのジムに来れるように、帰ったらお父さんとお母さんに相談してみるよ!」
その後も俺と修は時間いっぱいジムの練習を続けた。
数日後の朝、俺が学校に着くと、修が陽介達に校舎裏へと連れて行かれるのが見えた。
バレないように追いかけ、すぐには飛びこまず、一旦様子を見守ることにした。
「修、あの転校生に痛い目を見せるのに手を貸せ。そしたら今後お前には手を出さないでおいてやるよ」
陽介は拳をチラつかせながら言った。
修はビクッと怯えた様子を見せて俯く。けれど、すぐに顔を上げてキッと睨み返した。
「嫌だっ! 僕はもう陽介くんには従わない!」
「何だとぉ……? このっ!」
陽介は咄嗟に拳を振るったが、修はしっかりと両手でガードしていた。
たった一日練習しただけでも、別人のようだった。技術的には変わっちゃいない。
変わったのは、恐ろしい相手にも向かっていく気持ちだ。
それは何より大事なもので、陽介達のように弱い者いじめする人間が嫌うもの。
今の修には勇気があった。
「お前の負けだよ。諦めろ」
「なっ……!?」
陽介達は俺の登場に驚いていた。
「なぁ、弱い者いじめなんてもうやめとけよ。そんなことより皆で仲良く遊んだりした方が楽しいだろ」
「ちっ……!」
陽介は舌打ちすると、去っていった。取り巻き達は慌ててその後を追った。
「良くやったな、修」
「見ててくれたんだ、雅也くん」
修は頬を緩めたが、すぐに陽介達が歩いて行った方を心配そうに見た。
「陽介くん達とも仲良くなれると良いのに」
「そうだな。あいつらだってきっと、そのうち分かってくれるさ。地道にいこう」
「うんっ!」
俺と修は軽く拳を合わせると、自分達の教室に向かった。