第七話 アメール・ピコン・ハイボール
二人の若い男が、繁華街を歩いている。
宵の口を過ぎたばかりで、周りは酔いつぶれてはいないが、酔って次の店を探し始めている人が増え始めている。そんな客目当ての者たちも道に出始めている。
若い二人は、一つの噂を信じて、その店を探している。
繁華街をアルコールも入っていないで店を探しながら歩いていれば、”目当て”があるのか、それとも単なる”おのぼりさん”か、それとも”かも”か、どれかだろう。二人が何を探しているのか気にしている者たちもいるが、それ以上に、二人を”誰が”引っ張っていくのか気になり始めている。
「合っているよな?」
「GPSが効かないって本当だな。富士の樹海かよ!?」
「俺に文句を言ってもしょうがないだろう?地図は?あのビルか?違うか?なんで、ここは似たような名前の店やビルが多い!迷わせて面白いのか?」
若い二人は、お互いのスマホを見ながら、繁華街の路地を進む。
実際には、GPSはしっかりと届いている。スマホもGPSで捕まえている。ビルが複雑に立っていて、衛星のロストが発生しやすい環境になっているだけだ。そのうえ、違法改築が行われて、地図が正しいか不明な状況になっている。特に、裏路地は酷い。扉が取り付けられたり、火災で焼け爛れたソファーや家具が捨てられている。
二人は、地図に従って進んでいるが、二人が向かっている場所は、もっと簡単に行ける方法がある。
店の地図を渡した人物は、二人が無事に辿り着くことが試練だと言って送り出している。
別に、誰かに聞いてもいいが、店の名前は教えていない。”都市伝説”のような噂話を教えてあるだけだ。
「どうだ?」
二人は地下に降りて、奥まった場所にある店の前で、持っているスマホに表示されている画像と見比べている。
この扉に辿り着くまでに、駅まで戻ること3回。客引きに声を掛けられること数知れず。最寄り駅から、先の駅まで歩いて到着してしまったこともあった。
「ここだよな?」
若い二人。
一人は、短髪を綺麗にしている。綺麗な金髪をしている。身長は、180cmを少しだけ越えているように思える。カジュアルな服装がよく似合っている。町を歩けば3人に2人は振り返るだろう。さわやかなイケメンだ。
一人は、肩まで銀髪を伸ばしている。身長は165cm程度だろう。もう一人と同じでイケメンだが、少しだけやんちゃな雰囲気を醸し出している。
二人とも、20歳を越えたばかりの年齢だ。繁華街をふらつくには早い年齢だ。
「多分?扉は同じだよな?」
二人は、スマホを覗き込んで何度も何度も確認を行っている。
店に入って”違っていました”でも問題は無いのだが、二人は、その”間違っていました”が上手く伝えられる自信がない。
特徴がない無骨な扉だ。
繁華街の他の店では、無骨な扉は少ない。指示された場所だ。ビルの位置関係も正しい。
「あぁ」
銀髪の男性がドアに手をかける。
「開けるぞ?」
「わかった」
扉を開ける。
二人は、瞬時に店の中を確認して、扉から離れる。習慣になってしまっている動きだ。安全だとは思っても、恐怖が先に出てしまう。
「お疲れ。思ったよりも早かったね」
【バーシオン】二人の目的地だ。
店は、二人のために、営業を行っていない。今日の客は二人だけだ。
「「よかった」」
二人は、店の中に入って、勧められて、カウンターに腰を降ろす。
「マスター。二人には、アメール・ピコン・ハイボール。僕にも、同じ物を頂戴」
「アメール・ピコン?いいのか?」
「うん。『二人とも、いいよね?』」
二人は、マスターと男のやり取りを聞いていたが理解が出来ていない。でも、男に話しかけられて、訳も解らない状態で頷いた。
マスターが気にしたのは、二人が若い様にみえたことも関係している。
ボトルが並んでいる棚から、アメール・ピコンを取り出す。男と若い二人の前に、コースターを置く。
綺麗に磨いたグラスを3つ用意して、氷を入れる。
最初の氷は、グラスをしっかりと冷やすために使う。
氷を取り出して、形を整えた氷をグラスに入れる。
アメール・ピコンを注いでから、グレナデン・シロップを加える。しっかりとステアしてから、炭酸水で満たす。軽くステアをしてから、3人の前に置いた。
「アメール・ピコン・ハイボールです」
男は、黙ってグラスを手にもって、二人の前に掲げる。
「『二人の前途に・・・』」
「「感謝を」」
若い二人もグラスを持ち上げて、アメール・ピコン・ハイボールを喉に流し込む。
「「苦!」」
見た目は、コーラを連想させる。匂いも苦いようには思えない。口当たりも甘口だが、喉を通るときに苦味が襲ってくる。
マスターは、二人が飲みなれていないように見えていた。
甘口でアルコール度数6%前後と飲みなれない人には強い。
「チェイサーに蜂蜜を入れた炭酸水を用意しました」
二人の前に置かれたグラスを、二人は不思議そうな表情で見つめている。
「マスター。二人には伝わらないよ」
「そうか?頼む」
「ははは『口直しだよ。甘い飲み物だ。マスターが用意してくれた』」
二人は、グラスを持ち上げて、飲み干してからマスターに頭を下げた。
「それで合格ですか?」
金髪が、男に話しかける。
マスターは、会話は聞こえているが意味が解らない。グラスを磨き始める。自分の役割は終わったと考えている。
「マスター。チェイサーを頂戴」
「わかった」
マスターは、言われて男の前に、レモンのシロップを炭酸で割ったものを差し出す。
「え?」
「なんだ?」
「・・・。なんでもない」
男は、黙って出されたレモン水を飲み干す。
レモンの酸っぱさが、アメール・ピコンの苦味を引き立たせる。甘味をしっかりと消し去ってくれる。炭酸が喉を刺激して、苦味がさらに際立つ。
「『合格だよ』」
男は、二人に向けて、”合格”と告げる。
二人は、エストニアから日本に来ている。不法滞在ではないが、グレーな方法で日本に渡ってきた。
とある
最初は、妹を引き取って日本から連れ出す予定だったが、妹が日本でお世話になったリブートで仕事がしたいと言い出した。実際に、リブートでは学校に通わせながら仕事を斡旋していた。
二人は、リブートで妹から話を聞いた。
妹を助けてくれたことに感謝した二人は、リブートで仕事がしたいと言い出したが、リブート側は拒否。日本語が解らない二人が居ても困ると言うのが二人に告げた理由だが、別の理由も存在している。リブートに避難している人は、女性が殆どだ。そんな環境では言葉が解らない男性を働かせられない。妹は、留学していただけあって日常生活には困らない程度の日本語は習得している。そして、妹は、日本語の他にも英語とドイツ語とフランス語が操れる。その為に、リブートとしては得難い人材であり、二人の通訳につけるわけにはいかなかった。
困ったリブートは、マスターに連絡をしてきた。
マスターは、男に二人を預けることにした。
リブートとは違う組織だけど、理念は似ている。
よりグレーな組織だが、二人は組織の話を聞いて、しっかりと考えてから組織に加わると宣言した。
二人は、エストニア語と英語とポルトガル語の理解ができる。堪能ではないが、日常生活には困らない。
組織は、二人を歓迎した。
そして、今日の試験となった。
「『君たちが飲んだ、アメール・ピコン・ハイボールのカクテル言葉を知っている?』」
「カクテル言葉?」
「『そう。アメール・ピコン・ハイボールは、”分かり合えたら”がカクテルの意味だよ。これから、よろしくね』」
男が差し出した手を、二人は順番に握った。
二人は、マスターの所に預けられることになる。
男だけではなく、リブートや組織との連絡係と、組織の力が必要な人が現れて、日本語が解らない時の通訳を行うことに決まった。
二人は、マスターの所でアルバイトをしながら、日本語学校に通う事に決まった。
日常会話に困らないくらいの日本語を習得するのが目的だ。