26
シェリーにとっては初めてだったが、そもそも仮面舞踏会というのはそういうものなのだろう。
来た時とは違うパートナーと二階に行こうとしているのに、誰も視線を寄こさない。
見て見ぬ振りが暗黙のルールなのだろうか。
最大限の気遣いをみせながら、階段に誘導するバラの君にシェリーが言う。
「慣れていらっしゃるのね」
「そうでもないさ。初めてとは言わないけれどね」
「まあ! 知らなかったわ」
「僕だって男だぜ? しかも若くて健康なね。もちろん結婚してからは君だけだ」
シェリーは黙ってしまった。
バラの君は迷うことなく二階の一室を目指した。
てっきりバラが飾ってある部屋に行くものだと思っていたシェリーは、入ろうとしているドアノブの花を見て戸惑った。
「ここなの?」
「うん、ここだ」
そこはバラが飾られた部屋の隣だった。
ドアノブに飾られているのはリリーの花だ。
戸惑いながらもシェリーは部屋に足を踏み入れた。
ドアを閉める時、バラの君は飾られていたリリーをスッと抜き、指先で弄んでいる。
「花を取ったの?」
「うん、花が飾ってあるということは空室だという合図なんだよ。花がないドアは開けてはいけないというルールだ」
「ではさっきのは?」
「叔父上が用心したのだろう。最初からこの部屋を使うと伝えていたからね」
「あの二人は何処に行ったの?」
「もうすぐ来るんじゃないか?」
そう言った途端に、クローゼットのドアが開いた。
シェリーは危うく悲鳴を上げそうになる。
バラの君が慌ててシェリーを抱きしめた。
入ってきたのはサミュエルとオースティンだった。
「こういうカラクリか。知らなかったな。今後は用心しよう。まさか隣の部屋と繋がっているとは……これなら浮気のアリバイ工作も簡単だな」
サミュエルが笑いながらソファーに座った。
その横に座りながらオースティンがサミュエルに言う。
「今後って……利用されるおつもりですか?」
「淑女の前だ。ノーコメントで頼む」
バラの君がバーカウンターからワイングラスを持ってきた。
光る粒を纏ったワインの瓶に、ほの暗いランプの光りが反射する。
「これは少し辛口だけどおいしいよ」
四人は静かに二回目の乾杯をした。
コトンとグラスを置いたサミュエルが口を開く。
「さあ、全て話してもらおうか」
バラの君が口角を一度上げた後、徐に仮面をはぎ取った。