144 マナト、宿屋にて
宿屋に到着し、商隊の荷物を搬入した後、マナトは個室の寝台の上に、ごろんと仰向けに寝転がった。
……こんな物件も、あったなぁ。
木目の曲線がくっきりと見える木の天井。
古き良き感じの、高床式の木造建築の宿屋内、シンプルなワンルーム個室。
……あの頃、なんだったんだろうなぁ。
もはや、日本での、不動産系列の子会社で苦しんでいた頃のほうが、夢だったのではないかと思うくらいだった。
また、それだけ、今では冷静に、マナトはあの頃のことを思い返せるようにもなっていた。
……不景気だったからなぁ。
当時、マナトが子会社に就職した頃、日本経済は大きく傾いていた。
不景気の波が、どの業界にも、それこそ砂嵐のように吹き荒れていた。
誰もが、財布のチャックを閉じ、極力出費を抑えていた時代だ。
「……そりゃ、売れなかったよなぁ」
マナトは一人、つぶやいた。
このヤスリブという世界に来て、アクス王国での交易、また、今現在、ラクダ達を連れて交易に回りながら、感じたこと。
それは、需要があるかないか。
当たり前のことだった。
あの子会社も、経営的にかなり危なかったことが、今となっては予想できた。
今思えば、あの会社の先輩達も、かなり追い込まれていていたのだろう。
……誰も皆、自分のことで、精一杯。
無論、そんなことを考えられなくなるくらい、マナト自身も、当時は追い込まれていた。
――コン、コン。
マナトの個室をノックする音がする。
「んっ?は~い」
思考を止め、マナトは返事し、寝台から起き上がった。
扉を開けると、ラクトが立っていた。いつもの光景。
「おいマナト。お前、洞窟横切った時、どう思った?」
ラクトが聞いてきた。真剣な顔をしている。
「どう思ったって……?」
ラクトの言っている意味が、イマイチマナトは分からなかった。
「ラクト、マナト、持ってきたよ~」
ミトもやって来た。手には、火のマナ石が入ったランプが持たれている。
「マナト。よく考えるんだ。まず、洞窟が、あるだろ?」
「うん」
「そしたら、中がどうなってるのか、気になるだろ?」
「うん」
「……探検したくなるだろぉぉ?」
「……えっ?」
※ ※ ※
「んっ?」
ケントとリートが宿屋に戻ると、ケントの個室に貼り紙があった。
荷物は搬入済みです。
少し修練してきます。
先に休んでいて下さい。
マナト
「あはは!」
リートは貼り紙を見ると、笑った。
「絶対、洞窟に入ってるっすね」
「でしょうね」
ケントもニヤニヤしながら、貼り紙をはがした。
「いいんすか?ケント隊長。部下に好き勝手させておいて」
「当然。あの年頃で、ずっと宿屋に籠っているほうが、逆に心配ですよ。アクス王国の時もそうだった」
「ほぉ」
「好きにさせてますよ。それが経験になる……って、どこかの副隊長も言ってましたしね」
「おっと……こんなところで、ブーメランが帰ってくるとは」