「さっさと外へ出ろ!」
じめついた地下牢に入れられてまともな食事も与えられずに10日あまりが過ぎた。簡素なワンピースとも言えない下着のような薄布で、騎士達に散々殴られてあざだらけの身体を包み、弱々しい足取りで看守に引っ立てられて階段を登っていく。
どうしてこんなことになったのか私には全くわからない。
10日ほど前、私キャロライン・オーウェンは、フィライト王国の第二王子フィリップ殿下の婚約者として王家主催の夜会に出席していた。
我がオーウェン侯爵家はフィライト王国の建国以来の重臣である。両親は家格の釣り合う同士として親に決められた縁組だったもののお父様がお母様に惚れ込み、仲睦まじい夫婦になっている。
そんなふたりに大切にされて私はオーウェン侯爵令嬢として育ってきた。
ただお母様があまり身体が丈夫じゃないため子どもは私しかおらず、私が第二王子フィリップ殿下の婚約者と決定したことから遠縁のグレアムを将来のオーウェン侯爵とするために養子に迎えている。
グレアムと私は同じ屋敷にいながら、あまり交流することもなく来てしまった。それは私が王族の婚約者として王宮で教育を受けている時間が長かった事とグレアムが王立学院の寮に入って長期休みもあまり帰省しなかった事もあるが、たぶん性格的に剃りが合わなかったんだと思う。
だからお互い必要以上の接点を持つ気がないまま来てしまった。
せっかくの夜会も最近はフィリップ殿下のエスコートも無く、お父様や義弟のエスコートで出席だけして体面を保っているのか、晒し者になっているのか分からない状況になっていた。
今日も渋々エスコートしてくれたのは義弟のグレアムだ。私よりエスコートしたい相手がいるのか終始不機嫌で、こんなことならひとりで来れば良かったと後悔している。
だってフィリップ殿下がエスコートしない時点で、他の貴族から同情や蔑みの目で見られるならひとりで来たって、そう変わらなかったと思うから。
私とフィリップ殿下は大人の都合で縁組された婚約者だが、子どもの頃はそれなりに仲は悪くなかったと思う。
私の婚約者フィリップ殿下は、見た目はキラキラ王子様だが、性格は残念な人で俺様というのか我儘というのか…やりたくない事は周りに投げ、当たり散らす。
王子としては自由すぎる殿下に公務でお忙しい国王陛下ご夫妻も臣下も何も言わない…正確には言えない。おかげで将来共に立つ王妃となる私は王子の仕事の肩代わりと周囲の苦情を受け止める事をかなり早い時期から自分の仕事と受け止めていた。
もちろん私はおとなしく粛々とそれを行うタイプではなく、少しでも理解して成長して欲しくて事あるごとにフィリップ殿下に苦言を呈してきた。期待したものの残念ながら彼に響くことはなく、かえって煙たがれる存在になってしまったのだ。
オーウェン侯爵家の人間として、嫌々でもフィリップ殿下の代わりにエスコートをしていたから、《《私側》》と誰もが思っていたグレアムが学院でフィリップ殿下と水面下で仲良くなっていたなんて知らなかった。
夜会も終わりに近づいた頃、フィリップ殿下とグレアムを含む側近達がそれまでずっと壁の花と放って置かれた私のところにやって来た。
フィリップ殿下の横には、最近彼がお気に入りのハワード男爵令嬢メアリーが寄り添っている。いつものように最後まで放っておいてくれたら、そのまま帰るつもりだったのに、向こうから近寄ってくるので訳がわからなかった。
「キャロライン!貴様を反逆罪で逮捕する。」
?頭の中に疑問符が浮かぶ。
いままで私も淑女のたしなみとしてロマンス小説など読んで来たけれど…たしなみというより積極的だから趣味といった方が合っているかしら?
違うわ。今はそこじゃない。こういうシチュエーションの時は、反逆罪じゃなくて自分のお気に入りの彼女を虐めたとか真実の愛とか言うのが定番なのよ。
フィリップ殿下は言葉を知らないのかしら?それとも殿下の想い人を蔑ろにすると婚約者の私が反逆罪になるのかしら?殿下を婚約者として尊重はするけれど、愛していない私が嫉妬に駆られ、いじめるはずなんかないという大前提はどこ行った?
そう。私は別に殿下を愛してはいない。高位貴族に生まれた以上、親の決めた縁組に従っただけだ。こんなわがままな殿下を支えていくのが、私の|人生《仕事》と決めて頑張っていたのだ。
そんなことを考えている間に警備の騎士達に取り囲まれていた。
「キャロライン、貴様は私の婚約者という立場を利用し、敵国であるボルツ帝国と通じて機密情報を流していたな。証拠は押さえてある。言い逃れは出来ないぞ。」
普段はただのわがまま王子なのに、できる雰囲気を撒き散らしているのを見ていると少しは成長したのかしらと少し親目線で見てしまう。
「全く覚えないのですが。」
「嘘をつくな。お前の父は、お前のせいで侯爵位をグレアムに譲って領地で謹慎しお前と縁を切ると言っている。誰も助けてくれないぞ。諦めて認めてしまえ!」
もっともらしく言っているが、私を大事にしてくれているお父様がそんな事を言うはずがない。義弟のグレアムは図々しくフィリップ殿下の後ろで頷いている。
お父様は、現在領地であった災害の対策のため馬車で最低5日はかかる領地に行って対応しているはずだ。いないタイミングではめられたとしか思えない。
「キャロラインをひっ捕らえよ。」
フィリップ殿下の命令で私は騎士たちに捕らえられたのだった。
そしていま、なんとか王都に戻って来たお父様からの『助けるために手を尽くしている。愛している。』と言う手紙だけが心の拠り所だ。
でも多分もうお父様は、間に合わないだろう。今日はいままで具のないスープだけだった朝食がなかったし、腰まで伸ばしていた長かった髪も頸が見えるほどざっくりと短く切られた。
外に出されているということは処刑を執行するつもりなんだろう。裁判もなく公開処刑だなんて、随分と嫌われたものだ。
処刑はギロチンにより行われるらしい。周りには野次馬とともにフィリップ殿下や義弟たちが見ていた。
見上げた空には雲ひとつなく白い鳥が一羽飛んでいる。『綺麗』と同時に『羨ましい』と思った。私も鳥なら大空を飛んで好きなところに行けるのに…
身体を固定されて、刃が落とされる。
私の意識はそこで途切れた。