136 マナトの一日⑦/ジンの弱点
「シャイターン……」
……ジン=マリードが、君たちなら勝てるかもしれない、と言っていたジンだ。
「でも、強さで言えば、真ん中くらいですよ?」
「ジンの中では中間というだけっすよ。特にシャイターンは、個体の強さに、かなりムラのあるって、ウームーの人が言ってたっす。それに……」
リートは書簡の、シャイターンの横にある記述を指差した。
「シャイターンの恐ろしいところは、その強さにあるのではなく、悪意にあるってことっす。……ここ」
マナトはリートの指差している部分、書簡に書かれているシャイターンについての記述の一部を読んだ。
その真なる姿は人に似たるも、
いかなるジンより悪しき心で、
この地に下りて人に寄り添う。
「えぇ……悪しき心で、人に寄り添うって……」
「ものすごく、こわ~いこと書いてるっすよね~」
「いやいや、こわすぎますよ」
「まあでも、このジンが、一番、ヤバい所以っすね」
「なるほど。……ちなみに、ずっと気になってたんですけど」
「なんすか?」
「ジンって、弱点はないんですか?」
「……残念ながら、ないっす」
……やっぱり、そうなんだ。
こればっかりは、どうしようもない。そんな感じがリートから伝わってきた。
「ウームーでも、そこはお手上げだったっす」
「分かりました……じゃあ、あと、もう一つだけ」
「んっ?なんすか?」
マナトは、シャイターンの、先に読んだ記述部分を、指差した。
「悪意のあるジンがいる。……つまり、悪意のないジンも、いるってことですよね?」
「……」
マナトの問いには答えず、リートはイスに座り直した。やはりイスの上であぐらをかく。
そして、少し笑いを含みつつ、言った。
「そんなことを言う人は、このヤスリブ中を探しても、マナトくんだけっすね」
「ジンのいない世界の出身なもんで、はは」
「俺は、その問いには、答えられないっす」
「えっ?」
「実際に、そんなジンには、会ったことないんで」
「あぁ、なるほど」
――ガタン、ゴトン……。
リートが、イスを左右に動かし始めた。
「マナトくん、ジンにすごく、興味あるんすね」
「あぁ、はい。そうですね」
「逆に、ジンに対して、マナトくんの考え、聞きたいっすね」
「考え、ですか……」
「マナトくん、実際にジンを見て、何を思いました?」
「そうですね……やっぱり、あの身体の構造、どうなってるのかなって思って」
「おぉ、なるほど!」
――ガタン、ゴトン……。
リートが左右に揺れる。
「それで?なにか分かりました?」
「いや、あくまで仮説ですけどね、もしかしたら、ジンって、マナで出来てるんじゃないかって、考えたりしてました」
「ほう!マナで出来てうわっ!?」
――ガタン!
「うぐっ……!」
バランスを崩して、リートはイスごと倒れた。
……絶対、やると思った。ちょっと子供っぽいところ、めちゃかわいいんですけど、この先輩。
「大丈夫ですか?」
「イデデ……いやぁ、面白い!でも、なんでマナという結論に至ったんすか?」
「何より、ジンが前いた世界でいなかったのと同じく、マナというものも、なかったので」
「なるほど!ないもの同士で繋がったという考えっすか」
「まあ、そんなところです」
「いやぁ、いいっすねぇ!とても、いいことを聞いた気がするっす。よいしょ……」
イスを起こして、リートは座り直した。
「もっと、聞かせてほしいっす!」
リートの赤い瞳は、まるで向学心に燃える学生のような輝きを放っていた。