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第175話 第二幕、開幕

 室長のオリバスの首がジャグリングをされている。そんな光景を見て、悲鳴に包まれたサーカスの舞台だったが、次の瞬間そのピエロの頭は矢で打ちぬかれた。

 そして、局所的な雷に打たれたように、その場にピエロの姿をした男は倒れていた。

……倒れていたはずだった。

 次の瞬間、アリーナ席の方にスポットライトが当たるとそこには、ピエロの姿をした男が立っていた。

 何が起きているのか分からない。そう思って顔を舞台の方に向けてみると、そこには先程ピエロの頭を打ちぬいた男の姿があった。

 先程倒れていたピエロと同じ姿勢で。

「何なのこれ! 何なのよ!!」

 次々に観客席で攻撃を受けて倒れるピエロ。しかし、次の瞬間には何事もなかったように、攻撃をしていた男と入れ替わって、その事実に自分自身が大袈裟に驚くような仕草をしていた。

 そして、それ見て驚く俺たちを見て、そのピエロはケタケタと気味の悪い笑い声をあげていた。

 そんな光景を見せられ続ければ、当然平然としてなどいられない。

 隣の女性の研究者は顔を真っ青にしているのに、オリバスの血で白衣は真っ赤に染まっていた。

 目からは止まらなくなった涙を流し、ガタガタと震える体を押さえつけるように頭を強く抱えていた。

「……『ミノラルの道化師』だ」


 そんな光景を見ながら、誰かがぽつんと言葉を漏らした。

 その言葉を聞いて、今の光景を見て、誰もその男の言葉を疑おうとはしなかった。

「な、なな、なんで私達が、そんな狂気殺人するバケモノに襲われなくちゃいけないのよ!!」

「なんでって……本気で言っているのか?」

 また誰かが口にした言葉を、すぐに否定できる者はいなかった。

 自分達が何をしているのか。悲鳴を上げる子供たちに、抵抗している子供たちに何をしているのか。

 子供たちをただの実験動物として扱ってきた俺たちの元に、『ミノラルの道化師』がやってきた。理由にするにしては十分なものだった。

「ここはミノラルじゃないでしょ! この国の子よ! どうしようが自由でしょ!!」

 それでも、隣に座っている女性の研究者は頭を左右に激しく振って、その事実を認めようとはしなかった。

「……おい、誰か最近人攫いから実験体集めた奴いただろ。その実験体って、ミノラルが出身だったりしないよな?」

「あっ」

 誰かが上げた声に対して、思い当たる節があったのか、隣にいた女性が小さく声を漏らした。

 その瞬間、周囲にいた研究者の目が一気にその女性研究者に集められた。そして、それと一緒に強い怒りと恨みの感情も。

「『あっ』ってなんだよ、お前なのか? お、お前のせいで、俺たちは!!」

「あ、あなたのせいで……あなただけ死ねばいいでしょ!! 勝手に巻き込むのはやめてよ!!」

 男女問わずその女性の胸ぐらを掴んで、その女性に怒りをぶつけていた。

 もちろん、その中には俺だって含まれていた。

 冗談じゃない! この女のせいでっ、こんなバケモノを呼び寄せるハメになったのだから。

「放して、放してよ! ありえない! そもそも、あんなの都市伝説でしょ!! そんなのいない! いるわけない!!」

 掴まれた胸ぐらの手を払いのけると、その女性は怒りの感情を俺達の方に向けてきた。

 なんで俺たちがこの女に睨まれなくちゃならないんだよ!

 満場一致で損感情を抱いていたのだが、その中の一人がまた何かを呟いた。

「え……何してんの、あのピエロ」

 誰かが呟いた言葉に引かれるように、俺たちは先程ピエロがいた観客席に視線を向えけていた。

 すると、そこには先程までいた実験体たちが一人もいなくなっていた。その代わりに、ピエロがこちらに向けて紙芝居のような物を向けていた。

 俺たちの視線を一気に受けると、そのピエロは拙い絵で描かれた紙芝居を始めた。

 一枚目。絵の中には多くの住人がいた。ただの絵のはずだった。

しかし、その中にいる住人はこちらに助けを求めるように動き出した。まるでそこに閉じ込められているかのようで、出してくれと懇願するように動くはずがない紙の表面を叩いている。

 ピエロは少し考えるふりをした後、その絵を見返して何かを描き足した。それから大きく頷くと、こちらにその絵を見せてきた。

「ひっ……」

 その絵には、全ての住人の首元から血が噴き出している絵だった。

 動きが止まったその絵は、じんわりと紙の色を赤色に変えていった。赤黒くて生々しいペンキが染みてきたように、その紙は赤色に染まっていった。

「やめてくれ……もう、やめてくれよぉ」

 いきなりいなくなった実験体。そして、助けを求めるようなその絵の住人。描き足されて溢れ出てきた赤いペンキ。

 それが何を意味するのか。分からない者はここにはいなかった。

 続いて、二枚目。同じように、こちらに助けを求めるように動く拙いイラスト。しかし、ピエロは続いて三枚目、四枚目と同じように描かれていた絵をこちらに見せた後、手に持っているペンをコミカルな動きで投げ捨てた。

 ……追加で描き足したりはしないのか。

どこか安心して胸をなでおろした瞬間、そのピエロはその絵を重ねて破り捨てた。

 紙が切り裂かれる音はただ音を変えた断末魔のようで、その音を聞いて頭がくらっと来た。

 そして、その紙をばら撒いた時、その紙はすでに赤黒い色に変わっていた。

「助けて……助けてくださいっ、たすっ、助けてっ!!」

 誰に言うのではなく、ただ切実な願望を漏らすように、そんな言葉が会場に響いていた。

 もしかしたら、ピエロに言ったのかもしれない言葉。しかし、その言葉はピエロのケタケタとした笑い声によって届かないものになっていた。

 そのピエロは軽やかな足取りでステージ上に向かうと、ポケットから何かを取り出した。

 それは可愛らしい動物の人形。指の先から肘くらいまでの大きさのそれを、入るはずがないポケットからぽんぽんと取り出して、それを舞台上に置いた。

「あっ……あれって、俺たちと同じ数じゃないか?」

「えっ」

 そう言われて人形の数を数えてみると、確かに俺たちと同じだけの数が置かれていた。

 そして、それが何を意味するのか、先程までの紙芝居を観ていた俺たちに分からないはずがなかった。

 すると、急に照明が暗くなって照明が一つだけになった。変わらずピエロを照らし続ける照明。

 そして、それに合わせるようにドラムロールが始まった。その音に合わせるように、ピエロは手のひらをこちらに見せびらかせてタネも仕掛けもないことを証明すると、ドラムロールが止まったのに合わせて、どこからか現れた注射器を見せつけてきた。

「何する気だよ……」

 ピエロはそのまま近くにいた人形を優しく抱きしめると、何かが入っている注射器をその人形の腕にさして、一気に中の液体を押し入れた。

「……おえっ、うえっ!」

「お、おい、どうしっーーいっ!」

 ピエロが人形に注射器を打った瞬間、近くにいた男性の研究者が吐しゃ物を吐き出しながら、その場に倒れた。

 そして、そのままピクリとも動かなくなった。

 瞳孔を開いたまま動かなくなった姿を見て、その男が死んだのだということを理解するのに時間を要さなかった。

「人形だ……あの人形を奪え!!」

 吐しゃ物を吐いた男の近くにいた研究者がそんな言葉と共に、一気にステージに向かって走り出した。

 それを見て、周りにいた研究者が同じようにステージに向かって走っていった。

 そうだ。あの人形さえ奪ってしまえば、死なないで済む!

 そう思った俺も続こうとした瞬間、ピエロは手に持っていた注射器を軽く振って、その本数を一気に4本に増やした。

 片手の指の間にその注射器を挟むと、そこら辺にある人形を一気に抱きしめてそれらの人形に注射器を差し込んだ。

 そして、空いているもう片方の手で一気にそれを押し込んで、中に入っている液体を人形の中に流し込んだ。

「「「「うぉええっ!! おえっ!」」」」

 ちょうど、ステージに向かっていた四人は吐しゃ物を吐いて動かなくなり、その会場には酸っぱい匂いが充満していた。

 そんな姿を見てケタケタとした笑い声をあげるピエロを見て、俺たちは何も抵抗をすることができなくなってしまっていた。

 そのピエロがナイフで人形を串刺しにすれば、近くにいた男は同じ個所から血を噴き出して倒れて、人形の首を弾けば、それに連動している人間の首が飛んだ。

 傍から見れば、残虐な人形遊びをしているようにしか見えないのだが、それらは全て俺たちの元に返ってくる。

 俺たちがただ子供を実験体にしていたように、少しずつ殺し方を変えながら確実に殺しに来る。

 痛みを感じさせながら、罪を確認させるようにして。
 
 気づけば、このサーカスの舞台には、俺とピエロしかいなくなっていた。

 そのピエロは何を思ったのか、一匹だけ残った人形を手にしてステージから下りてきた。

 動物の人形を片手で持っているピエロの姿は可愛らしいものだったが、今の状況は笑えるよう状況ではなかった。

 今の状況は、ピエロの片手に俺の命は握られているという状況だ。とてもじゃないが笑えない。

「俺、まだ両手で数えられるくらいしか実験体扱ってないんだよ。なぁ、なんとか助けてはくれないかな?」

 すぐに目の前までやってきたピエロに、俺は縋るような声でそんな言葉を口にしていた。

 このピエロにはどうしても勝てない。それなら、やるべきことは決まっていた。

 情けない声で俺がそう言うと、そのピエロは少し考える素振りをした後、手に握っていた人形を俺に押し付けるように渡してきた。

「え? ほ、ほんとうに助けてくれるのか?」

 やけにもこもことした羊のような人形を俺に手渡すと、ピエロは俺の耳に軽く触れて小さな万国旗が糸で繋がっている物をスルスルと伸ばした。

 もしかしたら、俺の恐怖心を解こうとしているのかもしれない。

 俺は何とか機嫌を取ろうとして、愛想笑いを浮かべてみた。

「……え?」

 しかし、瞬きを二つしたあと、その景色は一変した。

 俺の耳から伸びていたのは万国旗などではなく、何かの神経のような物だった。

 そして、俺が何かを言うよりも先に、そのピエロはそれを力いっぱい引き抜いた。

 ワルド王国の騎士たちの神経を生きたまま引き抜いたって噂。どうやら、あれは本当だったみたいだ。

そんな事を考えていると、何かがぷつんと途切れる音がして、俺の意識はそれっきり途切れたのだった。

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