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「皇太子妃殿下、先ほどの件はいかがいたしましょうか」

「ああ、孤児院支援の件ですね? 私の裁量で進められるところは着手して下さい」

「畏まりました」

 皇太子妃としてシェリーは今日も忙しい。
 あの日、シェリーに覚悟を語ったアルバートは、すぐに動いた。
 長兄を推す側妃派を一掃し、皇太子の座を手に入れたのだ。
 王位を継ぎたくなかった兄王シュラインは、公爵として臣籍降下を果たし、学生時代からの恋人だった伯爵令嬢と結婚、今は宰相として王家に仕えている。
 最愛の人の死から二年、シェリーは立派な皇太子妃として戦後復興の一翼を担っていた。
 シェリーの実家であるブラッド侯爵家は、皇太子の後ろ盾として忠誠を尽くす姿勢を貫いている。

「シェリー、少しいいかな?」

 久しぶりにアルバートが執務室を訪ねてきた。

「まあ、殿下。お久しぶりですわね」

「ああ、そうだね。お陰であらかた片付いたよ。義父殿には此度も大変なご尽力をいただいた。感謝していると伝えてほしい」

「ありがたきお言葉でございます」

 皇太子としてアルバートは隣国との戦後交渉を担っている。
 痛み分けという形で平和協定を結んだものの、夫や子供を失った民たちの心情は計り知れず、アルバートの苦労は並大抵ではない。
 それを知っているシェリーは、自らも足を運び失業者や戦争孤児達への支援を積極的に遂行している。

「今夜は予定通りでいいかな?」

「……お待ちしております」

「そうか、では夕食を共にしようか」

「そのように手配いたしますわ」

「では夕方」

「はい、殿下」

 二人は仲睦まじい夫婦として認識されていた。
 しかし二人の間に流れているのは熱情でも純愛でもない。
 敢えて言うなら信頼だろうか。
 王族の義務として跡継ぎは必要だし、それはシェリーも納得している。
 医師に相談し、妊娠しやすい日を選んでスケジュールを調整しているが、未だその兆しは無い。
 あと一年このままなら、周りも煩くなるだろうとシェリーは考えていた。
 シェリーに対して誠実なアルバートが側妃を向かえるとは考えにくいが、いつかはそうせねばならないかもしれない。
 側妃に関する全ての権利を持つ正妃としては、そろそろ覚悟も決めなくてはいけないのかもしれないとシェリーは考えていた。

「でも……嫌だな……」

 それがシェリーの本音だ。
 あれほど愛していたイーサンを失い、もう一生愛なんていらないとまで思っていたが、たった二年で夫に絆されている自分に、シェリーは少し失望していた。
 ほぼ同時期に最愛の女性を奪い取られたのに、アルバートはその悲しみを滲ませるような素振りも見せない。

「やっぱり男と女では違うのかしらね」

 週に一度と排卵日前後の三日、アルバートは淡々とシェリーを抱く。
 その静かで穏やかな閨事は、彼の性格そのままだとシェリーは思っていた。
 ふと一人で過ごす夜に、イーサンだったらどのように抱いてくれたのかしらと思うことはある。
 あれほど愛し合っていたにもかかわらず、イーサンに許していたのは軽い触れ合いとキスだけだ。
 イーサンはシェリーの裸体を知らないまま、この世を去ってしまった。
 もっと早く許していればよかったと考えるのは、少女から女になった今だからか。
 そんなことを考えながら、アルバートの迎えを待っていたシェリーの元に、侍女が伝言を持ってきた。

「皇太子妃殿下、本日皇太子殿下は急用のため、おいでにはなれないとのことでございます。食事はいかがいたしましょうか」

「あら、珍しいわね。何か変わったっことでもあったのかしら?」

「申し訳ございませんが詳細までは……」

「そうよね、ごめんなさい。厨房にはよく謝っていたと伝えてちょうだい。食事はここに運んでくださる?」

「畏まりました」

 皇太子が予定を変更することは多くあったが、自らスケジュールを確認に来たにも関わらず、急にキャンセルするなど初めてのことだった。
 シェリーは不安を覚え、皇太子側近の元に使いを遣った。

「お呼びでございますか、皇太子妃殿下」

「お忙しいのにごめんなさいね。皇太子殿下が急用と伺ったのだけれど、何か大変な事でも起きたのかと思って心配になったの」

「……あっ……いえ……急な来客で……お出かけになられたのです」

「まあ、自らお出かけに? どちらにかしら?」

「……」

「言えないの?」

「……」

「言えないなら良いわ。自分で調べるから」

「申し訳ございません。ミスティ侯爵家へ向かわれました」

「ミスティ侯爵家? では外交関係かしら」

「これ以上は……」

「わかったわ。あなたから聞いたとは言わないから安心してちょうだい。それにしても外交関係なら私にも声がかかるはずよね? 何事かしら」

 ドアがノックされ、メイドが食事を運んできた。
 これ幸いとばかりに退出する側近を横目で見送り、シェリーは考えるのをやめて食事に集中した。

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