5話 願いが叶う
何が幸せかって考えていたら、ふと、夜に、あの深津に行ったら占い師に会えるんじゃないかと思い、行くことにした。あれからだいぶ経ったから、あの老婆も亡くなっている可能性は高いけど、会える可能性がゼロではないなら。
次の日、新幹線にのって昔の地方営業所のあたりを歩いてみた。こんなに寂れた所で働いていたんだね。夕日を見ながら、ここが会社に入って初めての職場で、燃えていたなって懐かしかった。
あの頃は楽しかったので、昔の職場を訪問しようかと思ったけど、もう人は変わっているだろうし、私のこと嫌いな人がいたらと、苦しかった日々の記憶が戻ってやめた。
まだ時間があったので、昔よく通った、街中のイタリアンに入った。そしたら、マスターは覚えていてくれて、最近見なかったけど、どう暮らしていたのと聞いてきたので、客も少なかったし、カウンター越しに会話が続いた。
お店のマスターとは、利害関係もなく、お互いに、それほど踏み込まずに、表面的だけど楽しい話しができ、久しぶりに、本心から笑えた。本当に、久しぶりで、楽しい時間だった。そうそう、会話って、こういう温かいものだったよね。
人からずっと嫌われ続けてきた乙葉には、マスターの一言ひとことが嬉しかった。なんか、忘れてたな。こんな気持ち。幸せって、こんなに近くにあったんだ。これまで、どうして、あんな苦労をしていたのかなって。
若い時に、この店に来るとナポリタンとか頼んでいた。でも、今日は、1人だけど、このお店のお勧めをいただきたくて、コースとお勧めワインを頼んだ。この店、こんなに美味しかったんだと、今更ながらに思えた。
海外とかで、豪華なお料理をいっぱいいただいていて、それなりに美味しかったけど、味よりも、気持ちが大切だったんだね。そういえば、いつも無理矢理、笑顔を作りながら食べていて、半分ぐらいは惰性だったものね。
2時間ぐらいでお料理を食べ終わって、レストランを出てから在来線で深津に向かい、駅には夜10時ごろに着いた。
その当時のホテルはあり、名前が変わっているみたいけど、道はあの時のまま。そして歩いていると、ぼんやりと、あの老婆が見えてきた。あ、いる。
「あの、占って欲しいんですが。」
「お久しぶり。」
「覚えているんですか?」
「当然だろう。今日も、100円でいいよ。」
「占いというより、質問なのですが、あれから女性になって、ずっと不幸なんです。男性に戻りたいのですが、どうすればいいでしょうか?」
「私が念じれば可能だよ。ただ、男性に戻ると、昔の時に戻り、あの日の朝に起きることになる。」
「そんなことが可能なんですか?」
「そう言っているじゃないか。ただ、あの時を境に、女性としての人生、これが今だね。それと男性としての人生が2つあり、これは運命だから変えられない。言い換えると、男性に戻った後の人生は決まっていて、それは変えられないんだ。それでも男性に戻りたいということでいいかな?」
「もちろんです。ところで、男性としての人生はどんなものなのでしょう?」
「それは言えない。」
「女性になったら、副社長から優遇されて、仲間から嫌われるって言ってくれたじゃないですか。そのぐらいは話してくれても・・・。」
「女性になったときは想像もできないと思ったから言ったけど、男性に戻ったら、お前さんが知っている人生だから想像はつくだろう。どうする?」
「では、男性に戻らさせてください。」
「いいんだな。」
「もちろんよ。」
その後、乙葉はホテルに入り、シャワーを浴びて寝ることにした。この美貌、スタイル、本当にこれまでありがとう。もっと、活かせれば良かったわ。今だったらお礼ができる。そう言って眠りに着いた。
朝になると、老婆の言った通り、男性に戻っていた。しかも、日付は、昔、女性になったあの日で、ワイシャツ、ネクタイとか、男性物が置かれていた。
「やった。戻ったぞ。これから幸せな人生を目指していこう。いろいろ経験したことも活かせると思う。じゃあ、会社にいこう。」
朝日を煌々と浴びて、ホテルを出た。その時だった。ホテルから1分ぐらい歩いた時に、朝日に目が眩み、前が見えずに後ろから突進してきた車に轢かれてしまった。
記憶が遠のいていく中、僕は、子供の時、親からいっぱい愛情を受けていたことを思い出していた。そうだった、幸せって、気づかないだけなんだって。そして、朝日が照りつける中、道路は血でいっぱいになっていった。
「お前さんの人生は、ここで終わるものだったんだよ。あの時、不憫に思ったから、あと10年間の人生を味合わせてあることにしたんだ。そして、お前さんが女性になりたいと言ったから、願いを叶えてあげた。どうだった、満足できたか。」
老婆は事故現場をひと目見て、坂をゆっくり歩いて降りていった。