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1話 占い師

 僕は、会社の飲み会が終わり、電車で1人暮らしてる家に戻る所だった。入社1年目の冬に、地方の営業所で経理業務をしていて、勤務地の周辺はビルとかは多いけど、そこから10分ぐらい在来線に乗ると田園風景という感じとなり、30分にもなると山中となる。今日は、暑気払いということで飲んでいたが、だいぶ遅くまで飲んだので、もう電車の中には誰もいない。疲れていたせいか寝てしまい、終電とのアナウンスが流れ、駅員さんに肩を叩かれた。

「お客さん、起きて。終電ですよ。」
「あれ、ここはどこだ? 深津じゃないか。こんなところまで来ちゃった。駅員さん、戻る電車は何時ですか?」
「もう、戻りの電車はないです。」
「こんなところじゃタクシーもないし、駅近くのビジネスホテルに泊まるしかない。飲み屋からタクシーで帰った方が安かったよ。損しちゃった。」

 駅を出てホテルに向かったが、酔っ払っていたのか、道は歪んで見えた。
「早く寝たいな。この道でいいんだよな。」

 その時、声をかけられた。声をかけられた先を見ると、占い師だろうか、老婆が道端に座っている。

「なんですか?」
「占いを聞きたくないか?」
「いや、こんな時間だし、早く寝たいから、ごめんなさい。」
「今日は、特別に100円にしておくよ。お兄さん、不幸の相が出てるから、みてやるよ。」

 しつこく誘ってきたし、100円ならということで、渋々付き合うことにした。
「お兄さん、この秋に東京の本社に戻るけど、だいぶ苦労するね。」
「戻れるなら嬉しいかな。苦労するって、どんなこと。今は上手くいっているけど。」
「副社長が、お前を優遇して、仲間からは嫌われると出ている。」
「優遇されるなら、いいじゃん。ありがとう、100円置いておくよ。じゃあ、おやすみなさい。」
「お待ちなさい。叶えて欲しい願いはないか。なんでも叶えてやるよ。」

 もう、勘弁してくれよという気分だったが、なんでもとか言ってるから、無理な願いを言って、それはできないと困っているうちに退散しよう。何がいいかな? 絶対できないもの、あ、そうだ。

「じゃあ、僕を女にしてくれよ。同じ歳で、美人でグラマーな女がいいな。」
「分かった。明日、起きたら、変わっているよ。おやすみ。」

 よく分からなかったが、老婆とは別れてホテルに向かった。1分ぐらい歩いてから振り返ると、老婆は見えず、酔っ払っているのかなと少し不思議に思ったが、駅から歩いて5分ぐらいのビジネスホテルに入り、すぐに寝た。

 カーテンを開けたままにしていたのか、朝、強い日差しが、顔を照らした。あ、まずい。昨日、酔っ払ってホテルでシャワーも浴びずに寝ちゃってた。もう7時だから、早くシャワー浴びて会社に行かないと間に合わない。

 そう思い、ベットから起き上がり、シャワーを浴びた時に違和感に気づいた。髪の毛は長いし、胸が大きい。

「あれ、何かついている? いや、これって女の胸じゃないか? あれ、下もなくなっている。どういうことだ?」

 酔っ払って、昨晩のことを忘れていたが、そういえば、老婆にお願をして、女性にするって言われたのを思い出した。でも、どうすれば元に戻れるんだ。

 シャワールームから部屋に戻ると、壁のハンガーにかけられているのは、女物のブラウス、スカートで、鞄も女のものだった。鞄の中を見ると、宮下 乙葉という運転免許証と、僕が勤めている会社の社員証が出てきた。社員証にも、宮下 乙葉と書かれ、女の顔写真がプリントされていた。名字は同じだが、下の名前が違う。

「どういうことだ。よく分からないけど、もう時間もないし、会社に行かないと。こんな姿で行っても大丈夫かな。でも社員証は女性のものだし、よく分からない。」

 やや二日酔いぽいものの、椅子に無造作に投げられていたブラとパンツを履き、鞄に入っていた化粧道具のリップだけをつけてホテルを飛び出し、会社に向かった。

 会社に着いたのは、8時半ぐらいで遅刻にはならずに済んだが、女性の姿で入るには勇気がいた。その時、後ろから声をかけられた。

「宮下さん、おはよう。入らないの。あれ、昨日と同じ服装じゃん。ということは昨晩はお泊まり? いやいや、そんなことを言ったらセクハラだ。忘れてね。急いだ方がいいよ。」

 そう言われて、自分の職場に行き、いつもの席に座った。そうすると、周りは全く不自然なことなく、接してきた。

「宮下さん、木下建設への請求書、出しておいて。」

 なんで、女の姿なのに、昨日と変わらずに接してくるんだ。不思議いっぱいだったが、仕事をするしかなかった。そうこうしているうちに、課長から呼び出され、会議室で話すことになった。

「宮下さん、異動だ。9月1日から東京本社の営業部に行ってもらう。これまで、ここで活躍してくれて、ありがとう。明るく、いつも正確な仕事で助かったよ。ここでは事務が中心だったから、東京での営業業務は苦労するかもしれない。でも、宮下さんだったら大丈夫だから、がんばってね。」
「わかりました。まだ、1ヶ月ぐらいありますが、引き続き、よろしくお願いいたします。」

 昨晩の老婆が言っていた通りじゃないか。できもしないことと思って言ったことが、本当になっている。しかも、ただ、女になるだけじゃなく、この世の中で、僕は女として生きてることになっている。

 でも、顔は女優並みに可愛いし、バストもかなりあり、鏡でみてもスタイルは抜群だ。これだけの容姿だったら、どの男性も一目置いて、幸せに暮らせるだろう。間違いない。これはラッキーじゃないか。

 仕事が終わり、自分のワンルームマンションに戻ったが、そこにある服とかは女物しかなく、どこにも男性としての痕跡はなかった。翌日は土曜日だったので、再び深津に行ってみたが、老婆の姿はなく、周りに、この辺で占いをやっている老婆を知らないかって聞いてみたけど、誰も知らなかった。

 酔っていたので、記憶も定かではないけど、何もわからず、自分の部屋に戻るしかなかった。仕事はこれまでと全く同じだったので、生理とかびっくりしたことはあったが、日々はなんとか順調に過ごすことができた。東京で暮らすワンルームマンションも契約が終わって、来週の月曜日から東京に行くことになった。

 そういえば、今更、気づいたんだけど、住民票を動かすときに戸籍も見たんだけど、男性としての証跡は残っていなかった。両親は、男性の時の記憶通り、大学2年生の時に、交通事故で二人とも亡くなったと記録され、自分以外は全く変わっていない。自分が女性だったということだけが変わっていた。

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