二十四話 幸せな願い
「主様、勝手に出ていかないでください」
屋敷に戻るや早々、補佐官が憤慨したように吐き捨てた。変わらずの無表情で苛立ったように言葉を発した彼に、リレイヌは謝罪を一つ。先の件を彼に伝える。
メニーを追いかけ外に出たら黒い塊と遭遇した。それはメニーとパティを飲み込もうとしていた。それの正体は集められた玩具だった。
報告を受けた補佐官ことイーズは、無言でなにかを考える仕草をとると、暫く沈黙。少しして、「オルウェルから聞いた話なのですが」と口を開いた。
「なんでも、最近近場の町や村で玩具がなくなる事案が発生しているそうですよ。玩具なので子供が無くしてしまったんだろうと自己解決はしているようですが、それにしてもその喪失はかなり多いのだとか……」
「なんでオルウェルがそんなこと知ってるの?」
「街人から聞いたんでしょう。あれはいやにコミュ力がありますからね」
へー、とコトザ。話を逸らすなと、リレイヌは彼の背を一度叩いた。
「しかし、玩具の喪失か……」
不可解といえば不可解な事件である。
リレイヌはちらりと背後のメニーを見て、それから視線をイーズへ。「そっちの件をオルラッドに頼んでくれないか?」と一言告げ、屋敷へあがる。
「あと、ビビを呼んでくれ。仕事があると……」
「げえっ」
パティがあからさまに反応した。ひどく困ったような、不快そうな顔で「主様、ボクはちょっと野暮用が……」とこの場から去ろうとする彼を、リレイヌはむんずと捕獲する。
「パティ」
「は、はい」
「喜べ。ビビとの合同任務だ」
「ひ、ひえっ」
パティはこの世の終わりだとでも言いたげな顔で青ざめた。
◇◇◇◇◇◇
人喰いの病を患った子供。
街に増える謎の死体。
突如現れた玩具の塊。
とんとんとん。
机を指先で叩き、リレイヌは考える。
関係なさそうで繋がるそれら。
恐らく出処はメニーを作り出した研究所。
そこさえ叩けばこの騒動は幕を閉じる。
しかし、果たしてそれで良いのか……。
一人の小さな命。それを見捨てるのかと思う一方、今更だろと自身を嘲笑う自分もいた。
リレイヌは世界最高神。それに相応しい動きを彼女は見せる。そこに慈悲があるかと言われれば、それはどうかわからない。強いて言うならば捉え方の問題。相手方の思い込み次第で良くも悪くもなるだろう。
「……悩んでるね、珍しく」
静かな室内。
その場にいるコトザが、イーズにより出された紅茶を飲みながら楽しげに笑う。愉快そうに笑う。
その笑みを不愉快だと言いたげに見つめたリレイヌは、彼と同じように紅茶を一口。小さな息を吐き、瞼を下ろす。
「……子は死ぬしかないようだな」
「助けるつもりなんて端からないくせに」
知ってるんだよと、彼は言う。
「君が誰よりも残酷なこと。利用出来なければすぐに切り捨てること。知ってるんだよ、僕」
「……」
「でも僕、君のそういうところ凄く好きだけどなぁ。ほら、何も考えてない脳天気な人間より遥かに愛着わくじゃない。君はずっと考えてるからね。どうすれば良くできるか、どうすれば存続させられるか、どうすれば死ぬ事ができるのか……」
ことりと、カップが机上に置かれる。
小さく目を伏せたコトザは、どこか悲しげな顔だ。
「僕は好きだよ、君のこと」
だから止めない。止めることなんて出来やしない。
だって苦しんでるのは彼女だから。ずっと、誰も、救えない存在。それが彼女だから。
「……いつか願いが叶ったら、また頭を撫でて笑ってね?」
それが僕の、小さな幸せ。