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九話 女性のような男の人

 


 ああ、楽しい。楽しい。
 なんて幸せな日なんだろう。

 少年は一人思考する。

 昨日は豪勢ながらもバランスのとれた人肉料理を食べられた。その後は広々としたお風呂に浸かり、黒い小人と話しながら睡眠をとった。
 今までの生活を考えると驚くほど安全で快適で安らげる環境に、少年メニーは目を細めて口端を上げる。

 生きることが楽しい。
 心が満たされる感覚だ。
 ずっとこうしてたい。
 ずっと、ずっと……。

「おや?」

 思考しながら、軽やかな足取りで廊下を歩いていたメニーは、ふと聞こえた声に足を止めた。横を見てみれば、中庭に続く道の向こうに、赤い髪の女性を発見する。

 身長は高めで百七十……いや、それ以上はありそうな女性だった。
 緩く三つ編みにされた赤毛が肩から胸元へ向かい垂らされている。髪の長さは胸より少し下くらいだ。
 わりと長めなそれは、手入れが行き届いているのか艷がある。

 女性の身に纏う衣服は白を基調とした衣服で、それはその容姿と相まって、まるで神族の衣のような雰囲気を醸し出していた。
 美しい中庭に美しい存在。まさに神域と呼ばれるこの街に相応しい御姿である。

「見かけない子だ。君は一体……」

 口を開いた女性に、メニーは微笑む。微笑んで、「コンニチハ」と一言。

「僕はメニーと呼ばれている者です。昨日から病を治すためにここでお世話になっています」

「なるほど」

 女性は頷き、にこやかに笑う。眩しいそれに、メニーはつい目を細めた。

「そういうことならよろしく頼む。俺はオルラッド・エルディス。リレイヌ・セラフィーユ様の定めた管理者の一人だ」

「管理者……」

 聞いたことがある。

『始まりの世界』。そう呼ばれる世界を中心とし、多くの世界が今も尚生まれては消えてを繰り返している。各世界間が繋がり合うことはほぼ無に等しく、しかし時として繋がってしまう場合がある。その際、その繋がりにより『イレギュラー』が発生していないか、各世界に亀裂が入っていないか、崩壊の前兆はないか。それらを調査し、管理し、修正するのが『管理者』と呼ばれる存在……だったはずだ。
 世界史の基礎知識で習った覚えがある。

「……その管理者は、あなただけなんですか?」

 柔らかに問うたメニーに、女性は首を横に振った。「あと三人いるよ」と、彼女は朗らかに笑ってみせる。

「管理者は各龍神につき四人まで定めることが出来るとされているからね。主様はその四人をキチンと定めている」

「お会いしたいですね、ぜひ」

「んー、他二人はともかく、イーズなら会えるんじゃないか? 彼はよく主様のお傍にいるから……」

 イーズ、といえばあの無表情の青年か。
 メニーは考え、「そうなんですね。知らなかったです」とやんわり告げた。女性はそれに、「会ってたか」と、察したように苦笑している。

「イーズさん、なにも言わないので。でも確かに、人に比べると雰囲気が不思議ですね、あの人。人間、にしては神々しいというか……」

「俺たち神族は神気を纏っているからね。まあ、管理者といえど元人間だから、そこまで変化はないんだが……」

 言って、「そろそろ主様に帰還の挨拶に行かないと」と、彼女は中庭から廊下へ。メニーを見て、「また食事時にでも会おう」と美しく笑う。
 メニーはそんな女性に、「はい」と静かに頷いた。

「それじゃあ……」

 女性は歩いていく。その凛々しい後ろ姿にかっこいい方だなぁ、なんて考えていれば、足元に気配。下を向けば、黒い小人が白い目をじっとこちらに向けている。

 メニーは微笑んだ。そうして、「どうかしましたか?」なんて疑問の言葉を投げてみる。そんなメニーに小人は言った。その真実を。

「オルラッドは男だよ」

「ん?」

 首を傾げるメニー。
 小人は告げる。

「オルラッドは、男だよ」

「……」

 詐欺だ……、なんて思った。

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