六話 予想していた診断結果
「主様、レヴェイユよりウーリア様とアイダ様がお見えになりました」
「はやいな」
屋敷に帰還し、やる事もないからと執務室にこもり書類整理をしていたら、それを初めて小一時間した頃だろうか、研究班の者たちがやって来た。先程別れたばかりだというのにわざわざヒッキー揃いの本人たちがここまで来るということは、恐らく彼らにとってメニーの身体調査は驚きの結果だったに違いない。
リレイヌは書類整理をしていた手を止め、報告を入れた赤い髪の少年に二人を通すように告げた。少年は短く「はい」と返事を返すと、そのまま影に飲まれるように消えていく。
静まり返った屋内。
待つこと数分、部屋の扉が重々しくノックされた。
「主様。レヴェイユ研究班隊長、チャ・ウェルリア博士です」
「入れ」
「失礼します」
短いやり取りを終え促された入室に従ったウーリアは、扉を開け放ちツカツカとリレイヌの前へ。「一体どういうことだね」と眉間にシワを寄せると、執務机の上に手にしていた報告書を叩きつける。
リレイヌはさも素知らぬ顔でその報告書を受け取った。
「こんな結果が出るなど聞いていないぞ。主様よ、さては知っていたな? だから重要案件などと……」
「まあ待て。話はイーズとオルウェルが来てからにしようじゃないか。ビビ。悪いが二人にお茶を出してくれるかい?」
「ご主人様がお望みとあらば」
いつの間にそこに居たのか。赤毛の少年と共に部屋の扉付近に佇んでいたビビが、室内に設置された簡易キッチンへと入っていく。それを視線で追いかけた研究班二人は、赤毛の少年に促され来客用ソファーへ。一方はどかりと、一方はゆっくりと腰掛け、リレイヌを見る。
「……言いたいことは概ね理解できるが、とりあえず今はまだ待ってくれ」
アルベルト、と彼女は赤毛の少年を呼んだ。少年は透き通るような青の瞳を彼女へ向けると、「はい」と短く返事を返す。
「イーズとオルウェルを呼んできてくれ。あと、ラディルたちにメニーをもう少し引き止めるように伝えてくれると有難い」
「かしこまりました」
一礼し、再び影に飲まれるように消えていく少年、アルベルト。しん、と静まった屋内で、誰かが小さくため息を吐く。
「……厄介な事案だよ、これは」
ウーリアが言う。
「日常茶飯事じゃないか」
リレイヌはさらりと返していた。
数十分もすれば、呼ばれた二人は執務室にやって来た。
キチンとノックし、名を名乗り、入室してきた彼らにより、止まっていた会話が動き出す。
はやく話を聞きたいと、衝動により立ち上がったウーリアが、リレイヌの目の前に置かれていた報告書を手に取り、立ったままのイーズとオルウェルに向かいそれを雑に突きつけた。代表として報告書を受け取ったイーズが、無表情でその内容を確認し、眉を寄せる。その隣、覗き込むように字面を見たオルウェルも、「あらぁ」と間の抜けた声を発していた。
「検査結果だ。あの子供のな」
ウーリアは告げ、体ごとリレイヌを向く。
「さて、主様。説明してもらおうか。なぜ彼のDNAの中に主様と同じ遺伝子が含まれているのか……よもや我々の知らない中で男と性行為を行い、子を孕んだなどと宣うことはないよな?」
「破廉恥……」
「黙れアイダ」
睨まれたアイダが縮こまる。
そんな彼を無視して、オルウェルが「もしそうやったとしたらそれこそ重要案件では?」とウーリアを見た。
「ああ、重要だ。最も重視するべき事柄だ。素知らぬ男と密な関係になるなど言語道断。その男のことを徹底的に調べあげその血肉を引き裂き引きずり回してやらねばならない。針山の上でな」
「えげつな……」
「黙れアイダ」
アイダは縮こまったまま、そろりとお茶を飲む。
「……よくわからん妄想に頭を使ってる中大変申し訳ないのだが、別に私は君の言う男と密な関係になった覚えもないし子を孕んだ覚えもない。強いて言うなら先日旅人に告白されたくらいだろうか」
「は? 聞いてませんが」
「言ってなかったから」
まあそれは良いとしてと、流したリレイヌは執務机の上で手を組み合わせながら言葉を続けた。
「メニーにはなぜか我々龍神の血が通っている。一割程な。彼の言う人喰いの病も、これに関係するものだろう」
「龍神は人喰いの化け物……なるほど、それで……」
頷くアイダ。そんな彼を睨みつけ、ウーリアは腕を組み言葉を発す。
「そんなことはどうでもいい。最も重要なのはなぜ奴にその血が混じっているのか、だ。見たとこアレは普通の子供。それ以下でも以上でもない。そんな輩に神の血が混じっているなど聞いたこともないぞ。アレからは神族が纏うべき神気すら感じない。まるで人間そのものだ」
「だからこそ調査依頼を出しているんだろう」
「そうだとしてもアレを引き受けるのは危険がすぎる!」
音をたてて机を叩いたウーリアは、「なぜあなたはそうやって危険に首を突っ込むんだね!」と声を荒らげた。無表情のリレイヌに食ってかかる彼女は、普段の飄々とした態度からは考えられないほど切羽詰まっているように見える。
「いつもそうだ! あなたは! いつも! 人助けのつもりか! あんな厄介物を助けてなんになる! 我々はあなたを危険に晒すためにいるのではないんだぞ!」
「……落ち着け、ウーリア博士」
「落ち着けと言うなら即刻アレを排除しろ! それが出来ないならば放り出せ!」
「無理だ」
「なぜ──」
疑問を口にしかけたウーリアは、そこでハッとしたように目を見開くとイーズたちの方へ。その手から報告書を奪い取り、内容を確認する。
「血液、細胞、骨……至る所に龍神のDNAが混じっている人間……そういうことか!」
憎々しいと吐き捨てたウーリアに、「どういうことなん?」とオルウェルがアイダを見た。アイダはちみちみと紅茶を飲みながら首を横に振っている。
「アイダ、帰るぞ。まだ調べるべきことがある」
「え、でも博士、いいんですか? 聞きたいこととか諸々……」
「それは後だ。とりあえず今は調査が先決。コトザ様にも協力してもらい、それから……」
ブツブツと何かを言いながら去っていったウーリアにかわり、アイダが丁寧に頭を下げて彼女を追って部屋を出ていった。残されたリレイヌ以外の者たちは、近くにいる人間と静かに視線を交わらせている。
「……主様」
「いずれ分かる」
キッパリと紡がれたそれに、皆は口を噤んで沈黙。「わかりました」と、彼女の言葉に頷いた。