106 マナト/大衆酒場にて
交易会議が終了し、酒場の外に出るや否や、ラクトはミトの家のある密林側の農作業エリアへとすっ飛んで行ってしまった。
ムハドという人物が帰還することをミトに知らせてくる、と、かなり高揚した様子だった。
……ムハドって、どんな人なんだろ?
マナトは酒場に残って、会議中にも話していた、護衛担当の男と一緒に、テーブル席に座っていた。
「これ、食べな!」
酒場の店主がやって来て、好意でおつまみを出してくれた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ!」
店主も高揚しているようだ。カウンターに戻ると、そこに座っている恰幅のよい婦人と楽しそうに会話を始めた。
「ムハドが帰ってくるんだねぇ……またこの村、賑やかになるねぇ」
「ああ。この店も、夜遅くまで開けとかないといけなくなるよ、ははは!」
「あたしもだよ!前に帰ってきたときなんか、一週間料理作りっぱなしだったんだから!さすがにぶっ倒れたよ、あはは!」
……マジか。ブラック企業化するの?この村。
店主と婦人の会話を聞いて、マナトはそんなことを考えていた。
その後も、ムハドという人物についての話題で、婦人と店主は盛り上がっている。
……でもやっぱり、違うんだよなぁ。
店主にも婦人にも、嫌な表情はひとつもない。あるのは、はちきれんばかりの笑顔だ。
その忙しくなる日々を、待ち望んで仕方ない、そんな思いすら感じられた。
「早く帰ってきて、顔が見たいねぇ~」
婦人がしみじみと言った。
子供の帰りの待つような、そんな表情に、マナトには見えた。
「ムハドさんって、どんな人なの?」
おつまみを食べる護衛担当に、マナトは聞いた。
「そっか!マナト、まだ会ったことないのか」
「うん、そうなんだよね」
「ムハドさんは、この村で、一番すごいキャラバンだな」
「だよね。ムハドさんの名前が出てから、みんな、すごい盛り上がってるもの」
「前回帰って来たときなんか、交易で手に入れた品物があまりにも多すぎて、ラクダ1000頭も連れて帰ってきたんだ」
「1000頭!?」
「そう。しかも、早馬飛ばして来なくてさ、いきなり砂漠の地平線から現れたもんだから、最初、どこかの国が戦争でも仕掛けてきたのかって、村で騒ぎになるっていうね、ははは!」
……いや、シャレになってないっす。
「えっ、でも、そんな数のラクダ、この村で飼えるの?」
村のキャパシティーを考えたとき、そんな数のラクダを住まわせたら、すぐに砂漠になってしまうと、マナトは思った。
「あっ、もちろん、現地調達さ。買ったり、野生のラクダ捕まえたりしたらしい」
「へぇ~。なんか、ホントにすごい人なんだね」
「とにかく交易量が半端ないんだ、ムハドさんって。いやぁ、俺も、今度はどんなものを持ち帰ってきれくれるんだろうって、それ考えるだけでも、楽しみなんだよ、あの人の帰還」
「なるほどね~」
「あっ、そうだ。マナト、ケント商隊として、今回、交易に参加したんだろ?」
護衛担当の言葉に、マナトはうなずいた。
「もともと、ケント隊長って、ムハドさんのもとでキャラバンやってたんだぜ」
「えっ!」
「優秀で、すぐに隊長へと格を上げたけどな。『強いし、視野も広いし、後輩思いだし、状況を常に冷静に分析できる人材』って、ムハドさん言ってた」
「だよね。うん、そうだと思う」