第138話 不利な状況でのリベンジマッチ
「はっ、はっ……」
それから、しばらくの攻防戦が続いていた。
圧倒的に不利な状況でのリベンジマッチ。
何とか一対一の状況を作るためには、辺りを跳び回って相手の意表を突くしかない。
それだというのに、俺はこの場をあまり離れるわけにはいかなかった。
理由は単純で、俺がイリスの護衛の依頼を受けているからだ。
下手な話、今目の前にいるこの六人は、俺を倒さないでイリスを誘拐できればそれで任務は完了する。
だから、六人全員に牽制をしながら、なんとか攻撃を防いで、隙をついて反撃に出なくてはならない。
体力以上に集中力を摩耗するような戦いだ。
「そらっ、これでどうだ!」
ワルド王国で力では敵わなかった男、クオンと仲間に呼ばれているその男は、俺が呼吸を整えようとした瞬間、地面を強く蹴って長剣で切りかかってきた。
「【肉体支配】」
俺は今日何度目かになる相手の肉体を操ることのできるスキルを使用した。
俺とクオンの間に現れた赤いバルーンは、クオンの剣が俺に届く距離に近づく前に割れて、肉体の支配権を俺によこした。
ピタリと止まったクオンの額に手を伸ばそうとした瞬間、俺に目がけて光のように速い矢と、地面をえぐるほどの爆発魔法が俺を襲ってきた。
「またかよっ」
【肉体強化】と【道化師】のスキルを使って、なんとかその攻撃を避けた直後、裏傭兵団の一人が盾を持って突っ込んできた。
その男の対応に意識を向けた瞬間、クオンの支配権が俺の手から離れてしまったのが分かった。
そして、俺がその盾を持った男の足元を【影支配】で縛ると、また弓矢によって狙撃されそうになって、距離を取らされる。
そんな攻防が長時間続いていた。
一度、一気に全員に【肉体支配】を使用したのだが、ラルドがすぐに支配から逃れようとして、それに集中すると他の連中の支配権がすぐに元の体の持ち主に戻されてしまっていた。
【肉体支配】を大勢に掛ける場合は、ある程度俺と実力差がなければならないらしい。そして、その意識を他に向けると、せっかく肉体を支配してもすぐに解かれてしまうらしい。
これまで自分と実力が遠くない複数の相手に、同時に【肉体支配】のスキルを使用してこなかったことが裏目に出たらしい。
いや、普通に生きていればそんな機会はないんだけどな。こんな裏の傭兵団複数人を同時に相手にするとかの機会は、普通はないのだから。
「おい、俺とこいつの戦いに入ってくんじゃねーよ」
「何を言っているんですか。そんな自分勝手は許しませんよ」
クオンは他のメンバーが俺たちとの戦闘に加わってくると、途端に攻める手を止める。彼なりのポリシーなのか分からないが、この連携に合わせてクオンまで加わってきたら、いよいよ手に負えなくなる。
「クオン。そんなこと言ってる余裕はないと思うが?」
「クオン、知り合いなのか? 何者だ、こいつ」
しかし、俺以外の六人も肩で息をするくらいまでには、追い込むことができていた。
致命傷とまではいかないまでも、着実にダメージを当たることができており、圧倒的に不利な状況とは言えないほどに攻めることはできていた。
まぁ、不利な状況に変わりはないのだけれどな。
杖を持った男に指摘されて、クオンは認めざるを得なくなったのか、いつの日かを思い出すように頭を掻きながら言葉を続けた。
「まったくだ。驚いたぜ、こんな短期間にこれだけ変わるかね? あのとき、本気出してなかったのか?」
「……どの時のことを言っているのか分からないけど、俺はいつでも全力だよ」
俺が以前に行ったことはイリスの奪還と言えども、王城への勝手な侵入。
それがバレたら、後々面倒になる気がしたので、俺は覚えていないふりをして切り抜けようとしたのだが、どうやらそうはいかないらしい。
「まさか、まだ力を隠してるわけじゃなーよな?」
「っ」
こちらを威圧しながら煽るような目つき。そして、その瞳は俺の反応を見て、何か確証を得たように鋭いものに変わった。
「……ここまで虚仮にされたのは初めてだ」
クオンはそう言うと、空気を軽く切るように長剣を軽く振った。
そして、それだけの動きで空気がぴしりと締まるような音が聞こえた気がした。
そんな音が聞こえるはずがないのは分かっているのに、その空気の流れはここにいる全員が感じていることだろう。
おそらく、次の攻撃から六人全員が協力して、俺を殺そうと攻撃してくるのだろう。
今まではどこか個人技で、必要な時にしか手を貸さなかった関係が一つの組織となって俺を襲ってくる。
それを肌で感じた。
そして、そのきっかけを作ってしまったのは、何を隠そう俺だった。
別に力を隠している訳ではない。ただ使わない方がいいスキルを持っていて、それを使っていないだけだ。
今までの傾向的に、そのスキルはあまり良いものではない。それを何となく感じていたから。
しかし、状況的にそうも言っていられないみたいだ。
俺がここで負ければ、後ろにいるリリたちもイリスも危ない。
そうなると、力を出し惜しみしている場合でもないみたいだ。
「……騎士団の方たちは、少しの間別荘の中に避難していてください」
俺は後ろで待機をしている騎士団に向けて、振り返らずにそんな言葉を告げた。
俺がその言葉を告げると、少しだけざわついた後、いくつか声が聞こえてきた。
「し、しかしーー」
騎士団を代表するように反論するような声がしたと思ったのだが、その声はすぐに別の声によって止められていた。
「やめておけ。……分かりました。ご武運を」
言いかけた言葉を止めた騎士団員は、多分自分達が足手まといであると察したのだろう。だから、それ以上の言葉を言わずに引いてくれたのだと思う。
確かに、騎士団を守りながら戦うのはあまりにも分が悪い。しかし、問題はそれ以前の問題だった。
俺は騎士団がいなくなるまで待った後、覚悟を決めて裏傭兵団に向かいあった。
「よう、色男。準備はいいかよ?」
こちらを挑発するようにそんな言葉を投げてきたクオンは、自分が手を抜かれていたと思っているのか、いつになくイラついている様子だった。
全くそんなことはないのだが、今さら何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「……いちおう、初めに謝っておく」
「なんだそりゃ、どういう意味だよ?」
「本当は裏傭兵団なんて生きて捕らえて、情報を聞き出さなきゃダメなんだとは思うんだ。でも、多分それできなくなると思う」
「あん? さっきから何言ってんだ?」
「結構惨いことになると思うけど、ごめんな」
俺はルーロとの修行でいくつか新しいスキルを手に入れた。
便利でチート級のスキルを手に入れたのだが、そのどれもがピエロというには禍々しく、悪役が使いそうな物ばかりだった。
それでも、そのスキルを使った新しい道化師の戦い方を身に着けて、俺は十分に強くなったと思う。
だから、あまりにも未知数で危険な雰囲気の漂うスキルは、使うことを控えていたのだ。その状態でも十分に戦えていたから。
それでも、今この瞬間を打開するためには、このスキルを使う以外の選択肢はないのだろう。
後ろにいるリリ達を守るため、俺は覚悟を決めてそのスキルの名を口にした。
「……【クラウン】」
そして、そのスキルを使用した瞬間、俺は意識を失った。