102 マナトの家③
「あぁ、あの会議か~」
「ラクト、行ったことあるの?」
「ああ、村のみんなが集まるやつだからな」
次の交易で仕入れる物資を決めて、長老が各国へと伝書を飛ばすための会議で、交易会議と呼ばれていた。
定期的に行われていて、一応、今日行われる予定になっていた。
「でも、ジンの出没で、しばらくは交易はないだろうって、みんな言ってるからなぁ。今日はたぶん、みんなで集まるけど、ダベって終わるだけだと思うぜ」
「そっかぁ。……今度は、どんな国に行くんだろうね?怖いけど、楽しみでもあるよ」
マナトの言葉に、ラクトもうなずいた。
「俺、明日にでも、次の交易に出発していいいくらいなんだけどな」
「ラクトさ、この近辺って、他にどんな国が……」
――パタッ。
食事を終え、2人で話していると、マナトの家の、大きなひとつ窓の左下に設置されている小窓が開いた。
――ニャッ。
小さな生物が、部屋に飛び込む。
……おっ、食糧……じゃ、なかった。
マナトがオアシスから拾ってきたスナネコだ。どこかに出掛けていたみたいで、戻ってきた。
――ニュァア!?
ラクトを見るや否や、スナネコは仰天して変な声を出した。
素早くマナトの後ろに身を隠すと、少しだけ顔を出した。
スナネコは、このクルール地方においては、さほど珍しい動物ではない。この村でも、砂漠方面に近いあたりに、数は少ないが生息している。
普段、人間にはまったくに懐かないのだが、このスナネコは、マナトには完全に懐いてしまっているらしい。
「コスナ、おかえり~」
「はっ?コスナ?」
「そう、この子の名前。ね、コスナ~」
マナトが柔らかい声で、ネコに語りかけ、背中をさすっている。
……なんだろう、ちょっと、こういうとこ、マナトって気持ち悪いんだよなぁ。
素直に、ラクトはそう思った。
――ニャ~。
コスナは、長く尖った耳をそばたて、じ~っと、ラクトをにらみつけている。
どうやらオアシスでの一件が、完全にトラウマになっているらしい。
「ははっ、完全に、コスナに嫌われたね」
「ああ。まるで、ジンに相対した時の、俺たち人間のようだな、ははは」
「えっ、あっ、たしかに……」
ラクトの言葉に、マナトは固まった。
「……どうした?いや、冗談で言ったつもりなんだけど……」
「そうか、なるほど……」
マナトが立ち上がった。
――ニャニャッ!
コスナが慌ててマナトの背中に抱きついた。
……はい出た、マナトの賢者モード。
交易中にも見せた、マナトの特性というか、習性だ。マナトが思索の世界へと入りこむことを、ミトとラクトは『賢者モード』と揶揄していた。
マナトは机から紙とペンを持ってきて、何やらラクトの知らない文字を綴りはじめた。
「……んっ?」
訳の分からない文字に加え、マナトは三角形を描いた。そして、それに何本か横線を入れ始めた。
「この横線の入った三角、なんだ?」
「これ、生態ピラミッドっていうんだ。この面積の広さが、個体数の多さで、下から上で、食う、食われるの関係になってる。……そして」
マナトは筆で、三角の上の頂点のほんの少し下あたり、僅かな間に小さく線を引いた。
「この上、ここに、ジンがいる」