第127話 護衛の依頼は突然に
「それでは、これからミノラルを離れます」
「え? 離れる? ハンスさん、どこか行くんですか?」
ハンスに深く頭を下げられて、喜ぶイリスの顔を見ながら、少しだけ深く椅子に腰かけていると、ハンスがそんなことを言いだした。
これから護衛の期間とかについて話し合うと思っていたので、俺は思わぬ言葉を前に少し間の抜けたような声が出てしまった。
「いえ、これからアイクさんたちにも、一緒に来ていただこうと思っております」
「え、これからですか?」
ハンスは俺の驚く反応が意外だったのか、逆に驚くように瞬きをぱちぱちと数回していた。
そのハンスの反応に首を傾げていると、ハンスは少しだけ考える仕草をしながら言葉を続けた。
「おや? ギルド職員の方から、予定の確保をしてくれているとお聞きしましたが」
「ギルド職員? あっ」
予定の確保という言葉にはピンとこなかったが、ギルド職員の方というワードから、思い当たる節があった。
『時にアイクさん。明日からしばらくの間、予定って何かあったりしますか?』
『いや、特にはないですけど』
そういえば、昨日冒険者ギルドでミリアと会話したときに、そんな会話をしていた。
……いや、あれは予定の確保とは呼べない気がするが、あのときのミリアの顔を思い出すと、あまり深くは言及しないであげた方がいい気もするな。
ガリアにどこまで教えられているのか分からないが、ガリアが噂だと言い張ることは聞かされてしまっていたのかもしれない。
隣国と戦争が起こるかもしれない事実と、それを口外してはならないという箝口令。
それに特に関わることはないといっても、知りたくもない事実を突きつけられて巻き込まれたのかもしれない。
それなら、仕方がないか。なんか、巻き込まれただけのミリアには申し訳ない気がしてきた。
俺の思い出した反応を見て、ガリアは言葉を続けた。
「すでに、一部の信頼できるメンバーで構成した騎士団を、隠し別荘に走らせています。そこでワルド王国が指定してきた降伏を受け入れる期限までエリスさ……イリスを守り切れれば、私達の勝利です」
どこか張りつめたような雰囲気でそんなことを口にするハンスを見て、俺は静かに生唾を呑み込んでいた。
もうすでに戦争は始まっているのだ。
相手の城を落とすのではなく、王女の誘拐とその阻止をかけての戦いとして。
そして、その裏始まっている戦争のキーマンとして俺が指名された。
おそらく、表向きの戦争に向けて騎士団の中で力のある者たちは戦争の準備をしているはず。
そうなると、本当に俺達の力が重要になってくる。
……あれ? これって、冒険者が受け持つ依頼なのだろうか?
そんなことを考えてしまいそうになるが、一度受けた依頼を断るわけにもいかない。
今さら、やっぱり無理ですとは言えないだろう。
そう思ってそんな考えを捨て去って、俺は目の前の事態にのみ視線を向けることにした。
「もうすでにワルド王国は動いているんですか?」
「その可能性が高いかと。なので、我々としてもすぐにイリスを隠し別荘に移したいのです」
「すでにワルド王国が動いているのなら、ミノラルから出ない方がいいのでは?」
「いえ。それでも移動した方が安全かと思われます。隠し別荘を知っている人間は少ないので、人の出入りがある王城よりも安全かと。それに、あの場所が割れたとなれば、ワルド王国と繋がっている者がいる場合に炙り出すのも容易です」
少し考えてみて素人ながらに意見を口にしてみたが、俺が考えたようなことはすでに会議の中で解決済みらしい。
どうやら、色々考えた上で隠し別荘にイリスを移した方が安全みたいだ
悲しいことに俺はそこまで頭が切れるわけではないし、俺を指名してくれた理由は俺の腕を信頼してくれているから。
それなら、俺は依頼された護衛の方に集中することにしよう。
おそらく、隠し別荘に行くまでの道中でも狙われることになるだろうし、気は抜けないな。
「分かりました。そういうことでしたら、すぐに準備しますね。リリ、ポチ。準備が出来次第出るぞ」
「はいっ、分かりました」
「きゃんっ」
特に怖気づく様子もない二人の返事が心強く、これから待ち受ける未来に対しても不安を感じることはなかった。
何よりも、修行を終えた俺たちなら大丈夫だという自信がどこかにあった。
こうして、俺たちはイリスの護衛の任務に就くことになったのだった。