第126話 白羽の矢が立った理由
「話としては分かりました。いや、分からないことの方が多いですけど、分かりました」
正直、王女エリスの護衛ではなくて、よく似ているイリスという女の子の護衛だから、冒険者ギルドが関わっても問題ないという時点でよく分からないのだが、そこは一旦スルーしよう。
「なんで、俺たちなんですか? 今回は潜入とかじゃないんですよね?」
前回イリスが誘拐されたときに俺たちが頼られたのは、俺たちが潜入に向いているパーティだったからだ。
ただ今回は潜入ではなくて、護衛。俺達のジョブやスキルを活かせるという場面でもない気がするし、何よりも他に護衛に向いているパーティなんて山のようにいるのではないだろうか。
それこそ、今回の護衛とかは国の騎士団とかの方が向いている気がする。
「以前エリス様が誘拐された時、騎士団が護衛をしていたのですが虚を突かれてしまいました。ワルド王国は奇襲を得意とする盗賊団を多く抱えている。目には目を歯には歯をということで、同じく奇襲や潜入が得意なアイクさんたちにお願いしたいのです」
「いや、奇襲が得意って」
凄い真剣な顔つきで話をしているけど、その言い方だと俺たちが盗賊とかをしている悪い集団みたいじゃないか。
そんなつもりはないのだろうけれど、自然と俺の目つきもジトっとしたものに変わってしまう。
「それに、S級パーティだと色々と角が立つかもしれないからな。そうだ、久しぶりにミノラル返ってきたが、まだ冒険者カードの更新はしてないよな?」
俺が納得いっていない様子であることに気づいたのか、ガリアがハンスの言葉を引き継いで言葉を続けた。
なぜ今冒険者カードの更新についての話なのだろうと思いながらも、俺はミリアの対応を思い出しながら返答した。
「え、はい。なんか今回はしないでいいって言われましたね」
「よっし。それなら問題ないな」
「問題ない?」
安心したように溜息を漏らすガリアの反応を見て、俺は小首を傾げながら少し考えていた。
なぜこの場でその確認をしたのか。そして、なんで安心したみたいな顔をしているのか。
そこまで考えたところで、俺は一つの答えが頭に思い浮かんだ。
まさか、そんなことはないよなと思いながらガリアに視線を向けると、ガリアは俺の視線の意味に気づいたのか、パッと視線を逸らした。
「……冒険者カードの更新をしなかったのって、ステータス上がり過ぎていると、S級に昇格しないといけなくなって、今回の依頼を受けるときに不便だからじゃないですよね?」
「いや、ステータスが上がったかどうかなんて、更新するまで分からないからな。……だから、これはギルドの管理不足とかじゃないんだ」
「ま、また、凄いとんでも理論を」
つまり、ステータスが上がったという事実を知らない体でいるっていることか。確かに、それならギルドの管理不足にはならないけど、それでいいのかギルド長。
「そもそも、冒険者カードの更新を週一でやる方が異常だったんだ。それに、どのみちS級になるためには依頼数が足りな過ぎるし、まだアイクとリリはS級にはなれん」
「……まぁ、そういうことなら別にいいですけど」
依頼数の問題を指摘されると、こちらとしても強く出られなくなる。
実際に、俺たちがA級まで一気に冒険者ランクを上げることができたのは、ガリアのおかげだしな。
それに、下手にS級になって面倒な依頼を頼まれるのも面倒だ。
それなら、今はこの流れに乗ってしまっておくとするか。
「アイクさんとリリさん、無理を言っているのは承知なのですが、エリス様がお二人に守ってもらいたいと仰っておりまして、なんとかこの依頼を引き受けて頂けませんか?」
「エリス様が?」
確かに、以前エリスを助けた恩はあるけど、そこまで信頼されるほど言葉を交わした記憶もない。
なぜそこまで俺たちを頼ろうとしているのかと思って視線を向けると、エリスは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「以前、私を助けてくれたのは騎士団ではなく、アイク様たちでした。多分、アイク様たちがお力を貸していただけないとなると、また私は誘拐されてしまいます。それなら、初めから、アイク様たちに私を守っていただきたいのです」
エリスが胸元で握りしめた拳が微かに震えていた。おそらく、誘拐されてから、俺たちが知らないところで恐怖に脅える日々を送っていたのだろう。
王女だから殺されることはないかもしれないが、それに近いことをされてもおかしくない状況に置かれていたのだ。
少しくらい、トラウマになっていても仕方がない。
……目の前で恐怖に震える同い年くらいの女の子から、助けてくれと言われて無視ができるはずがない。
どのみち、王女直々のお願いなわけだ。断るなんて選択肢は初めからないのだろうな。
「……分かりました。引き受けさせていただきます。エリス様」
俺は面倒な依頼を断ることのできない自分に呆れながら、少し笑みと共にそんな言葉を口にした。
俺の言葉を聞いて安心したのか、エリス様の申し訳なさそうだった笑みが微かに明るくなったような気がした。
「あっ、今の私はイリスです。気軽にイリスとお呼びください」
そんな冗談を返してくるイリスの返答を聞いて、俺は自然と笑みを漏らしていた。
ちらりと見たイリスの拳は、先程までの微かな震えはなくなっていた。
多分、これでいいのだろう。
いいように使われようが、女の子を笑顔にできたのなら、道化師としては鼻が高い。
俺は胸の奥で、静かにそんなことを思うのだった。