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04.お友達との楽しい時間

 


「──え? 話せない?」

 驚いたように告げた少年、睦月に、シアナ・セラフィーユはゆっくりと肯定の意を表した。

 あの後、少女と軽く自己紹介をしたリオルと睦月。お互い名を名乗り、そうして趣味や年齢まで告げた彼らを前、困ったような顔をして視線をさ迷わせた少女をフォローするように、シアナが彼女が話せないということを口にした。
 なんでも、禁忌とされた子供は罰として、なにかを奪われこの世に生まれ落ちるのだそうだ。それが少女は声だった、とのこと。

「奪われただけだから、取り戻せば話せるようにはなるんだけどね」

「誰から?」

「……」

 口を噤んだシアナに、ふたりは沈黙。少し考え、視線を少女へと向けた。困ったように笑う彼女は、眉尻を下げて佇んでいる。

「……文字は書ける?」

 リオルが問うた。少女はぱちくりと目を瞬く。

「文字……あー、書くの。ペンで。紙に。筆談。わかる?」

「……」

「……わかんないか」

 まあまだちっちゃいもんなぁ、とリオルは思考。その隣、「お前文字も書けねーのかよ」とからかうように睦月が言った。不思議そうな少女を前、どこからか取り出した真っ白な紙に、これまたどこからか取り出したペンを用いて文字を書く彼。やや荒いものの、しっかりと『オオカミ』と書いた睦月は、続いて『じんろう』という平仮名を書いていく。

「ほれ見ろ、これが文字。んでもってこの文字の意味はズバリ俺!」

「……?」

「そうそう。俺オオカミ人間。親父が元々人狼でさ、その血を継いだ感じかな。ちなみに母親はゴリゴリの人間」

「!」

「いや禁忌じゃねえし。一緒にすんな」

「?」

「ばっか! 禁忌ってのはヒトより偉い神族が、ヒトと交わってだな……!」

 話せる睦月と話せぬ少女。なぜか会話の成立しているふたりに、リオルは「どういうことだ……」と小さく一言。ヘリートがその後ろ、「さすが睦月! コミュ力の塊!」とケラケラ笑う。なんだかんだ、彼も娘に話し相手が出来て嬉しいようだ。内心ホッコリしながら彼と彼女の会話風景を眺めている。

「……なんだか、不思議な光景ね」

 少女を産んだその時から、彼女を外に出さないことを決めた。故に、彼女に友人など出来ぬと思っていたシアナは、今のこの現状を驚くように呟いた。リオルが彼女を振り返り、「そんなにですか?」と不思議そうに問う。

「ええ……元々、あの子はこの家の中だけで育てるつもりだから……」

「それは、禁忌とされたあの子を知ったら、ヒトが何を仕出かすか分からないから……ですか?」

 驚いた。そう言いたげな顔をしたシアナは、すぐにリオルの出生を理解したようだ。ハッとしたように頷くと、ヘリートとリオル、ふたりを見比べ動きを止める。
 そんな彼女の様子に、まるでリオルの言葉にフォローを入れるように、ヘリートは告げた。

「リオルはシェレイザ家の次期当主なんだ。シェレイザ家は君もよく知ってるだろう?」

「え、ええ……神族と深い関わりのある家系よね? 昔、先代様を助けたっていう……」

「そうそう。だからこそ、僕は君と関わりを持つことが出来たんだけどね」

 にこやかに告げた彼に、彼女は頷く。わかっていると、そう言いたげな彼女は、じいっと前方を見る少年を見やってから、視線を黒紫の人狼へ。かわいい愛娘と話す彼を眺め、軽く下を向いて思考を回す。
 そんなシアナを知ってか知らずか、リオルは友人と少女を見つめていた目を逸らし、背後の大人ふたりを振り返った。「そういえばあの子の名前は?」と問われたそれに、ヘリートが笑顔で「ないよ」と答える。

「え?」

 放たれる疑問。

「だから、ない。名前はね」

 返したヘリートは、説明しよう、と目を伏せた。

「元来、神は子に名を与えない。それは一概に、子が名に縛られぬように、自由であってもらうために、必要なことだそうだ……」

「え、でも、シアナ様には名前があるけど……確かその前の代のセラフィーユ様も、名前、あったような……」

「ああ、それは先代が少し変わった人だったから……だと思うよ。あの人は一番ヒトの世に近しい存在だったからね。確かあの人の名前は、その時一番親しかったヒトの名を貰ったとかなんとかかんとか……」

「なんとかかんとか……」

 そうだったんだ!、とリオルは思った。新しい知識が身についた彼は、「じゃああの子も名前を得られる可能性があるということ?」とふたりに問う。
 ヘリートはにこやかに頷き、シアナは苦笑。まるでこれからの事を知っていますよと言いたげな彼、彼女らに、リオルはバッ!、と手を挙げ、空いた片手で己を指さす。

「僕、僕つけたい! 名前! あの子の!」

「それはなぜ?」

「そりゃあ名前があった方が便利だし、なによりあの子に似合いそうな名前をひとつ思いついたから!」

「似合いそうな名前?」

 問われる疑問。頷く少年。
 彼は前方の少女を見据えながら、こう告げる。

「『リレイヌ』。僕が大好きな本の御話に出てくる、世界一幸福な女の子の名前だよ」

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