8話 穏やかな日々の終焉
数ヶ月たち、夏になる頃、仮設住宅が設置され始め、2人は、これまでの延長として、1つ屋根の下で暮らすことになった。
「ごめんね。私のわがままで夫婦みたいな生活になっちゃって。」
「困ったときはお互い様だし、僕もとても助かっている。でも、これから、どうなっちゃうのかな?」
「まずは、働き口を探さないと。援助物資はあるものの、そろそろお金も足りなくなってきたし。」
「そうだね。僕は、当面、税金で東京の瓦礫を片付ける作業を推進している土木会社で、働くことにした。東京復興にも貢献できるし、生活費ももらえるし。」
「助かる。私も、小学校の先生を再開するわ。生徒もずっと、このままというわけにもいかないし。武蔵野市も、授業を再開するとアナウンスしていたから、先生も生徒も、どのぐらい生き残れたかはわからないけど、明日、市役所に行ってみる。」
「力を合わせて生きていこう。」
「そうね。」
優衣は、同級生の時はかなり荒れていた涼が、今はこれだけ落ち着いていることに驚きつつも、これだけ期間が過ぎても、全く自分に手も触れない涼は、自分のことを同情で一緒に暮らしていて、好きではないのだろうと思い始めていた。
でも、ある夜、どうしても抱かれたい誘惑に負けて、涼の布団に潜り込んだ。
「嫌?」
「そんなことはないけど、いいんだね。」
「うん。」
そのまま、2人の体は1つになった。
「ありがとう。」
「どうして?」
「抱いてくれないから、女性として興味がないのかなと悩んでたの。」
「そんなこと、あるはずないじゃないか。」
「だから、ありがとうって。ところで、昔と違って、だいぶ穏やかになったけど、何かあったの?」
「大人になっただけだよ。」
「そんなもんかな? でも、今の涼の方が私は好きだな。」
満ち足りた優衣は、笑顔で涼の顔をずっと見ていた。
その後、2人には女の子が産まれ、涼は、優衣を愛しているというほど強い気持ちはなかったが、穏やかな日々を過ごしていた。子供の夜泣きとか、大変なことは多いが、朝起きると横にパートナーがいて、おはようって言ってくれる。自分は、男性と付き合わないので子供はできないと思っていたけど子供ができ、いつも、自分の指を握ってくれる。熱い恋とかはなかったけど、困ったときは協力しあって一緒に解決し、毎日、一緒に食事をし、子供の成長を見続けられる、これが、こんな幸せと感じられるとは知らなかった。
そう、私が望んでいた時間って、これだったんだ。激しく愛する日々ではなく、女性と空気のように一緒にいて、日々の些細な喧嘩とかあるものの、笑いも溢れて、自然に時間が経っていく、そういう穏やかな日々が心地よい。
体は男性になってしまったけど、女性どおしで、笑い合いながら、手を取り合って暮らし、ずっと一緒に過ごす、こういう時間を私は求めていた。その意味で、優衣には感謝だ。そんなに求めず、でも、ずっと横にいてくれる。凛は素晴らしかったし、今でも私の心の中に生きているけど、違った意味で、優衣は私にベストなパートナーなのだと気づいた。本当に、ありがとう。
家族で近くの公園にピクニックに行った日、涼は、優衣に頼まれて飲み物を買いに道を歩いていた。その時、涼の背中に衝撃が走った。倒れながらも、なんとか後ろを見ると、知らない女性が血が滴るナイフを持っていた。
「私が、どれだけ苦しんだと思ってるの。あなただけ、結婚して、子供を作り、幸せに過ごすなんて不公平だわ。当然の報いね。」
この女性は、大学時代に涼に憧れて猛烈にアタックしていたが、ある晩、ホテルに無理やり連れ込まれ、涼に強姦されてしまった。その時に、動画を撮られていて、バラされたくなかったらと脅され、10人ぐらいの涼の友達に半年にわたり、毎日のように無理やり性のはけ口にさせられた。その後、約束は破られ、学校内の裏サイトで、誰とでも寝る、性欲に狂った女だと動画を配信されたのだ。
彼女は、その後、大学も行けず、家に閉じこもっていたが、妊娠していることがわかった。本人は産むか悩んでいたが、親は、強姦でできた子で、誰がお父さんかもわからない中で産むことは大反対で、堕胎せざるを得なかった。悪いことに、手術をした先生のせいかは不明だが、それで子供ができない体になってしまったのだ。親や先生のせいかと思ったこともあったが、やはり悪いのは涼のせいだと恨みはつのっていった。
地震はなんとか生き延びたが、先日、自分を強姦した涼を偶然見かけた。家族と幸せそうな涼を見て怒りに満ちて、気づいたら、涼を刺していた。
涼の血が道路を染めた。涼は青い空を見ながら、意識が朦朧としてきた。
「やっと見つけた幸せだったけど、思ったより早く終わっちゃう。私の幸せは、いつも、すぐに終わっちゃっうけど、幸せがあっただけでも、良い人生だったと思う。いつ死んでもいいと思ってたから、まあ、こんなもんね。」
涼は、優衣に頼まれて買ったペットボトルを握りしめながら、その目は閉じていった。