6話 温泉旅行
温泉旅行というと凛からみるとかなり大胆な提案をしたつもりだったが、涼は、女性同士の旅行気分で、特に深い考えもなく了解と返事をした。ただ、計画を作っていくと、単純な女性同士の旅行とは違うことに気づいた。
まず、大阪とかのビジネスホテルと違い、こんなところにまできて温泉宿に泊まるのに、別々の部屋というのは違和感がある。また、行きたいと思ったホテルは、家族風呂とかあって、凛のこと誘った方がいいのか、誘わないのかも悩んでしまった。ただ、すでに約束してしまったし、考えても仕方がないので、まずは行って、そこで考えるしかなかった。
「12月22日から2泊、紅葉庵というところを予約したんだけど、お料理も美味しいと評判が高いから期待していてね。」
「ネットで調べてみるね。あ、これだ。温泉も綺麗な写真ばかりだし、部屋も素敵。お料理も人気が高そうね。楽しみ。」
「それで、部屋は1つなんだけど。」
「温泉ホテルで2つの部屋なんて、おかしいじゃない。当たり前よ。そんなこと気にしていたの。私たち、もう大人なんだよ。本当に、も~。しっかりしてよね。」
凛は、涼は、やっぱり自分のことを好きなんだと確信しつつ、奥手で自分から攻めないので、自分で攻めないとと思っていた。
「涼は、女性と旅行なんて初めてだよね。」
「もちろんだよ。凛はどうなの?」
「私だって、男性と2人旅行なんてしたことない。クリスマス旅行で特別だから行こうって言ったんだよ。また、涼とは楽しく過ごせることは間違いない。だって、私たち、事故でブランクもあったけど、かなり昔から話していて、涼のことはなんでも知っているもん。」
「そうだね。凛は誰よりも素敵な人だと思っている。」
「それそれ。これからも、ずっと言ってね。それから、宿ですっぴんとか、私の素顔を見ても、嫌いにならないでよ。」
「今の顔も大好きだけど、顔じゃなくて、凛という人が好きなんだから、そんなことは心配不要だよ。心配性だね。」
「心配性の涼から言われたくないな。どんな服を着てもらいたいとかある? これから買いに行こう。涼が、こんな服着てほしいという服でいくから。」
「なんでも素敵だよ。」
「そう言わずにさ。」
2人は、渋谷の街を歩き、凛は、涼に相談しながらも、涼の顔が一番嬉しそうだった、ふわふわしたウールの白いワンピースを買い、これに今着ている赤いコートで行くことにした。
その後、2人はランチをして別れ、凛は、涼へのクリスマスプレゼントは何がいいかショッピングを楽しんだ。
旅行当日、東京駅の高速バス乗り場で待ち合わせ、7:50に出発した。
「朝ごはん、駅でお弁当、涼の分も買ってきちゃったよ。どっちがいい? こっちがイクラとろサーモン弁当、こっちが牛タン弁当。」
「凛は、どっちにする?」
「涼が決めてよ。」
「じゃあ、牛タン弁当にする。」
「私は、イクラとろサーモン弁当ね。でも、どっちも食べたいから、半分食べたら交換ね。」
「それじゃ、どっち選んでも変わらなかったね。さすが凛らしい。」
「いただきます。」
約3時間のバスだったが、相手のことに夢中だった2人には短すぎて、風景も楽しみながら楽しく過ごし、あっという間に高速を降りて、バスは一般道に入っていった。
「なんか、このバス蛇行していない。」
「そういえば。」
その時だった、急に左折したバスはガードレールにぶつかり、横転してしまった。バスの中の人たちは、前に飛ばされ、人によってはバスの窓にぶつかり、横転の中でさらに窓から放り出されてしまった。
涼は、うっすらと周りで煙が出ていることに気が付き、ここはどこかと思ったが、気を失ってしまった。気づいたのは病院のベットで、横には涼と綾の両親がいた。
「大変なことになってしまったけど、気がついてよかった。幸いに、怪我とかはほとんどなく、頭を打ったようだけど、特に問題がないとのことだった。本当によかった。」
「凛と一緒だったけど、どうしている?」
「あ、あのお嬢さん、残念だけど、バスの中で亡くなったって。」
「え?」
その後、凛の両親が来て、どうして大切な娘と2人で旅行なんて行ったんだ、娘を返してくれなどと、大きな声で怒鳴りながら、泣き崩れてしまった。ただ、それから2週間後に再度、訪問があり、凛が涼のことをどれだけ想っていたかという日記が見つかり、まだ許したわけではないがと言いながら、これまで凛のことを大切にしてくれてありがとうと言ってくれた。
それから、しばらくの間、涼は、とても大切にしていた凛を失い、失望の日々を過ごしていた。
「私には凛しかいないって思ってたのに、こんなに早く別れちゃうなんてひどい。もう、これほど私にピッタリな人とは会えない。私って、いつも、求めると失う、そういう運命なんだわ。女性の時も、男性の体になっても、そんな人生で、これからもずっとそうなんだ。」
涼は悲観にくれ、やる気も失せて、また半年ほど、会社にいくことができず、部屋に閉じ籠る日々となった。