第120話 修行後の『道化師の集い』の強さ
「ポチ、行きましょうか」
「わんっ」
そんなふうに茂みの中から飛び出して、アンデッドの群れに向かって行く二人を背後から見守っていた。
二人の戦いぶりというのを確認したくて、俺はあえて少し遅れて茂みの中から出ていこうと思い、二人の様子を観察していたのだった。
【潜伏】のスキルも使わずに突っ込んでいった二人は、すぐにアンデッドの群れに気づかれてしまっていたのだが、二人は気にする素振りも見せずに突っ込んでいった。
そして、群れの中央付近まで突っ込んでから、リリは静かに手のひらをその群れに向けた。
「『転移結界魔法』『ピュリフィケーション』」
リリがそう唱えると、リリの目の前に神々しい光の火の玉のようなものが現れた。
アンデッドを浄化できる魔法の『ピュリフィケーション』。リリも俺と同じく、全属性魔法を使えるのでその魔法を使えることは驚くことではない。
それよりも、その発動させた魔法が何か見えない箱に包まれ状態で宙に浮いている。その状態に俺は驚いていた。
結界魔法だとは思うのだが、せっかく発動させた魔法を結界で囲むのはなぜだろう?
そんなふうに疑問に感じながらその光景に魅入っていると、リリは静かに言葉を続けた。
「『転移結界魔法―ミラーリング』」
その言葉を唱えた瞬間、『ピュリフィケーション』を囲んでいた結界が、アンデッドの群れの至る所に形成されていった。
突然生じたようなその結界は一定間隔で並んでおり、それらがアンデッドを取り囲んでいた。
「『転移結界魔法―解除』」
続けてリリがそう唱えると、その結界が解かれた。そして、中にあった浄化魔法の光が一気にアンデッドたちを包み込んだ。
「アアアアッ!」
白い光で照らされたリリの銀髪が揺れたと思った次の瞬間には、リリ達を取り囲んでいたアンデッドが一気に消滅させられていた。
「まじか……」
リリが修行をして強くなったのは知っていた。それでも、一瞬でこれだけ多くのアンデッドを浄化させられるほど強くなっているなんて、想像できるはずがない。
言葉を失うほど驚いている俺に気づいたのか、リリは余裕の表情で胸を反らしてどや顔を浮かべていた。
いや、そりゃあ、どや顔くらい浮かべるよな。一気に半分以上のアンデットを浄化したんだから。
そして、その残り半分はと言うとーー
「ワンッ!」
いつの間にか巨大化していたポチが、墓場を荒らさない程度にアンデッドたちを屠っていた。
そういえば、フェンリルって聖獣だもんな。アンデッドからしたら天敵なのかもしれない。ただ突進をするだけで面白いくらいに屠られている。
そして、一瞬にしてアンデッドの群れの大半が屠られたことで、その奥にいるボスを目視で確認できることができた。
「ギャアアア!!」
急に自分の縄張りに侵入されて荒らされて、随分とお怒りなのだろう。
鼻息を荒くしているアンデッドドラゴンがこちらに威嚇をするように、咆哮しているようだった。
真っ黒の鱗は所々腐敗しているのか、鱗が剥げて砂色になっている。翼には大きな虫食いの跡のような穴が開いており、骨の一部が露出してしまっていた。
しかし、それでも生前はドラゴンだったということもあり、体の大きさと威圧感は健在だった。
そろそろ、俺もアンデッドドラゴンの相手をしないとだな。
俺は茂みの中からゆっくりと出ていき、リリ達が開けてくれた道を歩いてアンデッドドラゴンのもとに近づいていった。
以前までの俺だったら、とりあえず短剣を引き抜いて襲い掛かっていただろうけど、今の俺はそんな脳筋みたいな戦い方はやめたのだ。
俺は【道化師】のスキルだけを発動させて、そのままアンデッドドラゴンの元へと近づいていった。
アンデッドドラゴンは、俺がいきなり襲ってこないことを怪しく思ったのか、その距離を維持するように後ずさって距離を取ろうとしていた。
いや、ドラゴンが人間相手に後ずさるなよと思いながら、そのままゆっくり距離を詰めていくと、痺れを切らしたようなアンデッドドラゴンが大きな口を開けてきた。
透けて見える肋骨周辺が熱持ったように赤くなった様子に気づいて、俺は手のひらをアンデッドドラゴンの方に向けた。
このままだとブレスを放たれてしまう。そうなってしまと、この墓地を荒らしてしまうことと変わりないしな。
それはあんまり好ましくない。
「『肉体支配』」
俺がそのスキルを使用すると、アンデッドドラゴンの目の前に一つの赤いバルーンが現れた。初めからそこにあったようなバルーンは、アンデッドドラゴンがその存在に気づいて驚くよりも早く破裂した。
その瞬間、アンデッドドラゴンの体の支配権は俺の元に下った。
「『ブレスを放つのはいいけど、顔は上空を向けてくれ。あっ、口だけは絶対に開けるなよ』」
溜め込んだエネルギーはどこかに発散させてあげた方がいいだろう。それに、ドラゴン相手にどこまで肉体を支配できるのかは分からない。
それなら、ブレスを放つという行動はそのままにして、放つ方向を変えて、追加の行動をとらせるくらいにした方がいいだろう。
「ギ、ギギィ」
そんな考えの元、そんな命令をさせるとアンデッドドラゴンは、抵抗むなしくこちらに向けていた顔を空に向けて、歯を食いしばるようにして口を閉じた。
そして、熱を持ったように熱くなった肋骨の温度を上昇させていき、そのまま本気のブレスを放った。
「ギャアアアアア!!」
しかし、出口の塞がれているブレスはその勢いを逃がすことができず、逆流して自らの内臓を焼き殺す形になったのだろう。ひどい断末魔のような声を上げて、アンデッドドラゴンはその場に倒れ込んでしまった。
焦げ臭さと腐敗臭を残して倒れていたが、アンデッドドラゴンはまだ息があるようで、すぐに立ち上がろうとしていた。
さすが、ドラゴンというだけあって耐久力もあるみたいだ。
「……魔物相手に使ったらどうなるのか、試させてもらうか」
アンデッドドラゴンが動き出すよりも早く、俺はかねてから気になっていたスキルを使うことにした。
人間相手には十分に効くことは実証済み。それが、ドラゴン相手だとどうなるのか。
俺は手のひらをアンデッドドラゴンの額に向けて、そのスキルを発動させた。
「【精神支配】」
魔物相手だからそこまで手加減いらないだろう。そう思って、そこそこの強さでそのスキルを発動させた瞬間、大きく目を見開いたアンデッドドラゴンは、そのまま瞳孔を開いた状態で動かなくなった。
「あれ? 死んだ?」
アンデッド化した魔物は浄化魔法をかけて倒すのが常識であり、アンデッドドラゴンともなれば、強い浄化魔法でないと討伐することは難しいとされている。
それなのに、こんなあっさりと死んだというのか?
「もしかして、精神が死んだのか?」
俺の【精神支配】は恐怖の感情を一時的に跳ね上げるスキルだ。その感情が一定量を超えれば意識を失うということは実証済みだった。
でも、さらにその上の上限を超えたらどうなるのか。その結果が、これということなのか?
「……い、急いで浄化魔法をかけてあげよう」
死者の精神を殺すなんてさすがに罰当たりすぎると思った俺は、急いで浄化魔法をぶち込んで肉体的な成仏だけでもさせてあげることにしたのだった。
【精神支配】。さすがにこのスキルは恐ろしすぎるな。
無事に? アンデッドドラゴンの浄化を終えた俺が振り返ってみると、そこにはリリとポチの姿があった。
どうやら、二人も無事にアンデットの群れの浄化を終えたらしい。
「……アイクさん、なんか凄く強くなってませんか?」
「それはお互い様だろ?」
こちらを疑うようにジトっと見てきた視線に、俺は失笑気味の笑みを浮かべながらそんな返答をしたのだった。
ようやく追いつけると思ったら、俺が強くなっていて少し拗ねているのかもしれない。
そんな少し子供っぽい顔を向けてくるリリの姿を見て、思わず笑みが零れてしまった。
俺の立場上、助手に追いつかれるわけにはいかないのだ。
こうして、俺たちは一週間修行をしていたという事実を明らかにすることになったのだった。
一瞬でアンデッドの群れを倒せるくらい、『道化師の集い』はパワーアップしたみたいだった。