85 西のサライ/フィオナ商隊の宿泊スペースにて
「あっ、また、敬語になっています」
「あぁ、すみません」
「も〜」
……いや、敬語使われると、自然とこっちも、敬語になっちゃうんですけど。
ルナとアクス王国で食事に行った帰りに、年上だし、敬語じゃなくていいと言われたのだが、相手が誰であろうと、反射的にマナトは敬語を使ってしまっていた。
「ルナさんも、敬語を使わないでよ」
「あっ」
「そしたら、僕もたぶん、タメ口で話せるから」
「……」
「?」
マナトは言葉に詰まったルナを、まじまじと見つめた。
……なんか、変なこと、言った?
ルナは、その青く光る目の視線を何度か反らしながらも、自然とそれがマナトへと戻ってきてしまうようで、戸惑いの表情を浮かべ、しどろもどろしていた。
「と、とりあえず!こっちへ!」
マナトはルナに連れられ、フィオナ商隊の宿泊スペースに入った。
「お、お邪魔しま〜す」
「そんな……他人の家みたいな」
「あっ、なんか、変に緊張しちゃって」
風呂場に移動すると、マナトは水壷を取り出して、浴槽に水を注いだ。
「ジンに、初めて遭遇しました」
浴槽に注がれる水を眺めながら、ルナが言った。
「そうですか」
……おっと。
「いや、僕も、初めてだったよ、みんなの言う通り、恐ろしい怪物だね。……やっぱり、なんか、違和感あるんですけど」
「……すごいです、マナトさん達。ホントに」
「……」
マナトは何と言ったらいいか、分からなかった。そうこうするうちに、水がなみなみに注がれた。
火のマナ石で、たちまち浴槽内の水は温まった。
「うん、いい感じですね」
「ありがとうございます!……ウテナ」
ルナは風呂場から出ると、ウテナを呼びに行った。
「ウテナ、お風呂、沸いたよ。入って、スッキリしよ。……ウテナ」
……んっ?
何度か呼んでいるのが気になり、マナトもルナと同じように、石の壁で仕切られた個室を覗き込んだ。
「……」
ウテナが、木の板でつくられた台の上に、布団も敷かずに三角座りしていた。着替えもしていないようで、砂漠を歩くときに羽織るマント姿のままだった。
顔は下を向いている。膝に隠れて見えない。
「……どうしたの?」
個室から少し離れ、ウテナに聞こえないくらいの小さな声で、マナトはルナに聞いた。
「ジンとの戦いで、ショックを受けたみたいで」
「そっか、なるほど。恐怖を感じて……」
「あっ、それもあるんですけど、それよりも……」
ルナも、下を向いた。
「私にも言えることなんですけど、私もウテナも、さっき、ジンを前にして、何も出来なかったから……」
「あぁ……」
「ウテナは私達の商隊の中でも、戦闘に長けている分、余計に、情けないって……」
「……そっか」
マナトは、ウテナをもう一度見た。
「ルナさん。今は、そっとしておいてあげたほうが……」
「マナトぉ〜!」
ラクトの声が聞こえてきた。