第110話 ルーロとの手合わせ
「ここが、ルーロさんの家ですか」
「ああ。悪くない家だろう?」
俺はオラルの港で出会ったS級冒険者であるルーロに修業をしてもらえることになり、ルーロの家にお邪魔していた。
ルーロの家は海から遠くない所にある一軒家だった。広い敷地をふんだんに使った平屋で、すぐ後ろには森が続いていた。
港町に馴染むような造りをしていて、質素ながら良い造りをしているのが素人ながらに分かった。
「なんていうか、いいですね。趣がある感じがします」
「ははっ、そうだろう。支度をしたらすぐに修行に入るから、少し居間で休んでいてくれ」
「分かりました」
さすがに、釣竿を片手に修行に向かうつもりはないらしい。そうだよな、その服装はラフすぎる格好だしな。
俺は居間に通されて、冷たいお茶を片手にルーロの支度が終わるまで待つことになった。
一人掛けのソファチェアに腰かけて、俺はこれからどんな修行をすることになるのか想像していた。
お茶を片手に少しだけソファチェアに深く座って考えを巡らしていると、数分もしないうちに足音が近づいてきた。
あれ? さっき休んでいてくれっていったばかりだよな。
「よっし、お待たせ。それじゃあ、修行に向かうか」
「え? そんな軽装で行くんですか?」
すぐに俺のもとに顔を覗かせたルーロは、釣り竿の代わりに長剣を片手に俺のもとに現れた。
準備というから、何かもっと重装備でもしてくるのかと思ったが、ただバケツと竿を置いてきただけみたいだ。
「ん? 君も同じような物じゃないか」
「まぁ……そうなんですかね?」
そう言われて、自分の服装を改めて見てみると、確かに人にどうこれ言えるような服装ではなかった。
まぁ、そこまでラフすぎはしていないとは思うけど。
「あっ、それで、修行ってどこに向かうんです?」
「すぐそこだよ。ついてきなさい」
ルーロは少年のような笑みを浮かべながらそんなことを言うと、俺を連れて家の裏にある森の中へと進んでいった。
「ここまで来ればいいかな」
ルーロに連れられて森の中を進んでしばらく進んでいくと、森が開けたところがあった。
そして、ルーロは周囲を見渡して安全を確認すると、すぐ後ろにいた俺に破顔させたような笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「よっし、どこからでもかかってきなさい」
腰に下げた刀もそのままに、世間話でもするかのようにそんな言葉を口にした。
「え? 今ですか? ていうか、いきなり実践ですか?」
「まず力を見てみないことには、助言はできんだろ。ああ、さすがにこの間合いは良くないな」
ルーロは俺をその場に残して、適当にそこら辺を歩いて数メートルほど俺から離れてから、そっと腰に下げている長剣を引き抜いた。
「さっきのは私の間合いだからな。これだけ距離を取れば、どうだね?」
ルーロは表情をそのままに、重量感を感じさせるような刀身を露にした。ルーロが風を切るように剣を軽く振ると、緩んでいた空気が一気に引き締まった気がした。
ピリッと肌に来るような空気。俺は警戒心から無意識下で腰に下げていた短剣を引き抜いた。
「さぁ、いつでもいいぞ。かかってきなさい」
一瞬、本気で切りかかってしまっていいのかという葛藤があったが、そんなのはすぐに消えた。
本気で切りかからなければ、俺がヤバい。それをヒリついた空気から感じ取ったから。
俺は【剣技】、【肉体強化】、【道化師】のスキルを同時に発動させて、地面を強く蹴った。
土がえぐれる感覚を足で感じながら、俺はありったけの力で踏み出した脚で、さらに強く地面を蹴った。
そして、数歩進んだところで【潜伏】のスキルを発動させて、一瞬姿を消して、そのままルーロの懐にーー。
入ろうとした瞬間、目の前にいたルーロの姿が消えた。
【潜伏】のスキルか?
「ここだよ、アイク君」
俺がそう思った時には、すでに遅かった。
後ろから声がした。そう思って振り返った瞬間、俺の体は宙に浮いていた。
「え?」
ルーロの姿を確認することもできず、俺は空を見つめていた。不意を突かれたせいか、体に力が入らなかった。
そして、俺はそのまま背中を地面に強打した。
「いつっ! ……え、な、何が起きたんだ?」
「なるほど。大体、君の戦い方は分かった」
俺は地面に背中をつけながら、その声がする方に視線だけ向けた。視線の先にはすでに剣を鞘にしまって、顔を破顔させているルーロの姿があった。
「アイク君。とりあえず、君はしばらく短剣を使うのは禁止だ」
「……え?」
そして、突然ルーロはそんな言葉を口にしたのだった。