1話 上海の霊
有村 結心は、夜11:30に上海のホテルに着いた。上海の中心地にある人民公園近くの由緒あるホテルであった。
「会社も人使いが荒いわね。お昼まで仕事させて、それから上海なんだから。もう、こんな時間になっちゃった。私の部屋は1102号室ね。西くんは908号室。なんかあったら、部屋番号でホテル内は電話できるから、覚えておいて。初めての海外出張、お疲れさま。」
「今日はありがとうございました。なんとか来れました。明日は朝7時に朝食会場で待ち合わせですね。」
「時差があるから間違えないでね。じゃあ、おやすみなさい。」
結心は、同僚を9階で下ろした後、自分の部屋がある11階でエレベーターを降りた。3泊4日で、夏だったこともあり、さほど荷物はなかったが、華奢な結心にとっては、やや重めのキャリーバックで、キャリーバックが主人に反抗しているように見えなくもなかった。
「このホテルは、それなりに高級感はあるけど安いから、いつも助かるわ。でもひどくない。このままベットに直行すれば別だけど、メーク落とさないきゃいだし、お風呂に入ったら髪乾かすのだって最低15分はかかる。朝は朝で化粧しないと。こんな時間にホテルに着いたら、4時間ぐらいしか寝れないじゃないの。本当に、うちの会社はブラックね。こんな生活していると肌も荒れてきちゃう。」
エレベーターを降りてから、結心は、ぶつぶついいながら廊下を歩き、部屋の前に着いた。
ドアを開けると、突然、結心は何か強い威圧感を感じた。殺気で空気が凍りついた感じで、夏なのに鳥肌がたった。
でも、部屋はごく普通のインテリアだったし、疲れてるから気のせいかなと思って、軽くシャワーを浴びて、そのままバスローブだけ着てベットに入った。
「疲れた。綺麗なシーツとふかふかのベットは気持ちい。ところで、バスローブって、寝ているうちに、いつもはだけちゃうのよね。でも、朝起きたら、窓から朝日を浴びて、裸で両手を上げて伸びをするのも気持ちいいし、まあ、いいか。」
そんなつまらないことを考えているうちに、眠気に襲われ、眠りについた。
プルプルプル、プルプルプル、夜中の2:15に電話がなった。
「なんですか?」
「無事ですか?」
「なんのことですか? 夜の2時過ぎですよ。」
「お客様のお部屋からエマージェンシーコールがなったもので。でもご無事ならいいです。夜中に失礼しました。」
「エマージェンシーコール? 寝てたのに、なんのことだろう。本当に迷惑だわ。眠むれる時間自体が少ないのに。何かホテルのミスね。」
少し目が覚めてしまった結心だが、明日のこともあるので、そのまま眠ることにした。
次の朝、何があったんだろうという気分もあったが、部屋の空気は爽やかで、昨晩の緊張感は全くなくなっていたので、メークをしているうちに忘れていた。
その後、眠りが足りず少し疲れ気味であったが、予定通り仕事をして、やっぱり中国に来たなら中華だと、一緒に働いている日本人メンバーと一緒に中華レストランに行った。
「お名前、難しい字ですけど、ゆなさんでいいんですよね。」
「そうですよね。大体、なんて読むのって聞かれるですけど、よく読めましたね。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。私、半年ぐらい中国語勉強して、1ヶ月前に駐在で来たんですけど、中国語って難しいですよね。漢字は簡体字でもなんとかわかるんですけど、発音が難しくて。その点、結心さんは、中国語お上手で、中国人と普通に会話しているのってすごいです。」
「小学生低学年の頃、親の仕事の関係で2年ぐらい中国にいたもんで。」
「そうなんですね。だからだ〜。」
横に座っている女性が、結心だけに聞こえるように、小さな声で結心の耳元で話してきた。
「話しは変わるんですけど、男って、どうして女性の胸ばかりジロジロと見るんでしょうね。男が見ていると、私は、例外なく見てるって気づきますよ。結心さんもですよね。でも、中国人も同じで、これって、万国共通の男の本能なんでしょうかね。」
つまらない話しだったが、嫌われても面倒だしと、結心は、相槌を打っておいた。結心は、それなりに人間付き合いはしているが、本音は、一人だけで過ごす方が楽だといつも思っているタイプであった。
今夜も、ホテルに帰ったのは遅い時間になってしまい、結心が寝たのは12時を過ぎていた。ただ、お酒のせいか1時間半ぐらいで目が覚めてしまい、逆に寝れなくなってしまった。
「なんか、眠れないな。寝ようとすると、もっと目が覚めちゃう。1:45になっちゃったけど、バスタブにお湯を入れて体を温めれば、気分が変わって眠れるかな。」
お風呂に入っていると、2:15になった時、また電話がなった。
「なんですか?」
「お客さまのお部屋からエマージェンシーコールがなったので電話したのですが、大丈夫ですか?」
「昨日もそうでしたけど、何もありません。なんなんですか? 深夜に邪魔しないでくださいよ。」
「そうですか。では失礼します。」
「このホテル、なんなのかしら。これじゃ、寝不足になっちゃう。次回からは、別のホテルにしようかな。」
不満いっぱいの結心だったが、疲れていたせいもあり、ベットに入った途端、いきなり眠りに落ちていった。その直後、夢で、結心は、この辺りの道路に立っていた。
「なんなんだろう、あれ、なんか、人が轢かれたとか声が聞こえる。」
そう思った瞬間、鳥の羽のようなものが覆いかぶさってきて、周りが真っ黒になった。びっくりした結心は目が覚めた。
「さっきの、なんだったんだろう?」
それ以上はわからず、なんか怖い気持ちはあったものの、夜中で、これ以上、何も起きそうもないので寝ることにした。
翌日の夜、今夜がこの部屋での最後の夜となるが、何かあるのかなと思って寝ていると、左肩を急に掴まれた。
「なんなの? 泥棒?」
周りを見ると、半透明な老婆が私のことを、すごい形相で睨んでいた。
「誰なの?」
結心は、ベットの中で凍りついた。
「出ていけ。」
「ここは私の部屋よ。あなたは誰?」
「黙って、出ていけ。出ていかないなら、力づくでも追い出してやる。」
そう言って、老婆は結心の腕を掴んだ。
「やめて。」
結心は、老婆の腕を逆に握り、自分の腕から外そうとした。その時、結心の体は光を放ち、炎のように燃えていった。
「え、私、燃えている? 熱くはないけど、眩しい。」
結心から出ている炎は、老婆に伝わっていき、老婆を包み込んで、燃やし始めたのだ。そして、老婆はゆっくりと消えていった。最後の瞬間、老婆の声が聞こえてきた。
「私は、5年前、上海に旅行に来て、楽しくて浮かれていたのかもしれないけど、夜、飲んでこの部屋に戻るときに、この前の道で交通事故に遭って死んじゃった。でも、ふと気づいたら、この部屋にいて、夢でも見たのかなと思ったの。
その後、何人も、この部屋に入ってきて、私の部屋に入らないでって叫んだんだけど、無視して入ってきた。だから、奴らを追い出そうとしてきたんだ。でも、事故の時間になると、いつも事故現場に戻っていて、そこで轢かれてしまい、その繰り返し。もう嫌だと思っていたの。
そんな時に、お嬢さんが入ってきて、私のこの苦しいループを断ち切ってくれた。ありがとう。この部屋に入ってきて驚かせてしまった人達にも、今は、悪いと思うわ。これから心が落ち着く日々を過ごすわね。さようなら。ありがとう。」
なにが起こったかわからないまま、普通に戻った部屋で横になったままの結心だったが、落ち着いたようなので、そのままベットで眠ったのだった。