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12話 出産

「だいぶ日が経ったが、東京はまだ荒れ放題のようだ。そりゃー、東京に住んでいた人の大部分が亡くなったのだから、東京に戻るという考えがないよな。この日本を東京中心に復興するということ自体無理があって、まずは、生き残っている地域をベースに、昔のように暮らせるようにしないと。」
「でも嫌な噂を聞いたわよ。今回の災害で助かった地域の地元住民ではない、観光客でたまたま助かったような人達が生活できずに、地元住民を襲って食べ物を盗んだりしているらしい。また、いろいろなところで略奪や暴力をする集団になっているって。」
「それ、僕も聞いた。この地域でも、その対策として、自警組織を作るっていいてた。」
「何もないといいわね。」

 実は、この時、みうはやっと妊娠できて、お腹も大きくなっていた。こんなところに暴力集団とかくると被害も多いなと心配していた。

 不幸にも、その噂は本当で、4人が暮らすこの地域にもやってきた。ただ、これは思いかけず、すぐに終わった。30人ぐらいの略奪集団がやってきたのだが、自警団の一人が、鹿狩りとかで使っていた猟銃を撃ったところ、略奪集団のボスの頭にあたったのだ。目の前で、頭が粉々に吹っ飛ぶ様子を見た集団は、冷静さを取り戻し、さらに、怖くなって逃げ出した。それ以来、このエリアは、略奪集団の間で、触れてはいけない所として噂が広まり、避けられるようになった。また、これが各地域にも伝わり、それぞれが自警団を組織するようになり、略奪集団は自然消滅し、それぞれが、各地域の生産活動に溶け込んでいった。やはり、日本人は農耕民族の遺伝子が根強く生き残っていたのだろう。

「もう一緒に暮らして1年も経ったけど、一緒にいられるのが美羽でよかった。いつでも明るく積極的だしね。」
「私は、これまでの人生で今が一番幸せかもしれない。昔は、美味しい料理とか、お酒とかはいっぱいあったけど、毎日、仕事に追われていたし、いや、聡さんのせいじゃないからね、同僚の女性からも、いろいろな嫌がらせを受けていたし。でも、今は生きることに専念するせいで、そんなことを気にする暇もないし。最近は、近所の方々ともだいぶ仲良くなったんだ。歳の差はあるけど、いい夫婦ねって言われた。嬉しいな。」

 こんなことを言っておけばいいんだろうか。私が妊娠してから、つわりとかの時期は辛くて、少し聡さんには相談をしたけど、あんまり聞いてくれなかった。そんな関係とは思っていたけど、二人の子供なんだから、ちょっとは父親らしいことをしてよ。本当に辛いんだから。そんなこと考えていたら、なんか、聡さんの嫌なところが気になっちゃって。たとえば、本を読んでいるときは部屋に入らずに、リビングにいてとか。自分の時間があって、いいわね。また、近所付き合いも大変で、気苦労が多いけど、こんなことがあったと夕飯の時に話したら、全く聞いていない。あなたと一緒に暮らすためにやってるんだから、一緒に考えてもいいじゃない。

 その数ヶ月後に、子供が生まれた。
「おめでとう。やっと私たちの子供が生まれたね。これからが楽しみだ。」
「抱いてあげて。お父さんよ。」
「男の子だね。こんな時に生まれてきて大変だけど、一緒に頑張ろう。」

 なんか実感がわかないけど、自分の子供なんだな。これから大変だ。夜泣きとか、みうも農作業とか制約があるだろうから、僕がもっと動かなければいけない。面倒だな。でも、できちゃったんだから、なんとかしないと。ただ、みうも、農作業のせいか、そこら辺のおばさんになったし、僕の人生って、良かったんだろうか。もちろん、隕石の影響が大きいけど。みうは、自立していていいと思ったけど、やっぱり女で、毎日、話しを聞いてだし、対応するだけで疲れる。これからは更に、面倒を見ないといけないから、自分の時間は減る。なんか、もっと自分の思いとおりに生きられないかな。

 生まれるまで1日半ぐらいかかって、本当に大変だった。おめでとうも悪くはないけど、大変だったねとか言えないの。楽しみとか、なんか他人事で、何を考えているんだか。一緒に頑張るというより、まずは守ってよ。この人を見るの、嫌になってきた。

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