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(15)厄介な諸事情

「ええと……、時々、私にシーラの縁談が持ち込まれるので、『本人に結婚する気はないのかな』と尋ねた」
「どこのどいつですか。多忙なカイル様のお手を煩わせようとしている、底抜けの馬鹿野郎は」
「相手はあくまでも善意なんだ。本当に悪気も他意もないから、勘弁してやってくれ」
「善意からくる行為だから、何をしても良いという免罪符にはなりませんよね?」
「それは尤もだ。今後はその類の話を持ち込まれたら、相手にきちんと言い聞かせておく」
 平身低頭のカイルを見て、さすがにシーラも申し訳ない気持ちになった。

「申し訳ありません。カイル様のお手を煩わせまして」
「いや、はっきり断らなかった私も悪い。それじゃあ、これで」
 ここでカイルはあっさり引き上げようとしたが、踵を返した彼にシーラが訝しげな声をかける。

「カイル様、理由を聞かないんですか?」
 その問いかけにカイルは足を止め、振り返りながら言葉を返した。

「シーラに今現在結婚する気がないのは確認できたし、それ以上詳細について触れなくてもよいだろう? 極めて個人的な事だから」
「本当にカイル様は、性格が良いですよね」
 そこで苦笑を深めたシーラは、少し考え込む素振りを見せてから口にする。

「正直に、かつ簡単に言ってしまうと、自分が信じられないから、でしょうかね?」
「どういう意味だ?」
「私の加護の事ですよ。他人の意識とか記憶に干渉できたり操作できるのは、カイル様だってご存知でしょうが。全くコントロールできなかった子供の頃に散々な目にあったのは、カイル様だってご存知じゃないですか」
「勿論、それは知っているが……、子供の頃の話だろう? 今はそんな男女関係のトラブルなんて耳にしていないが」
「当たり前です」
 どこか気分を害したように言い返してから、シーラは溜め息を吐いて話を続けた。

「これまで付き合った人が、全くいないわけじゃないんですよ。ないんですけど……、全員、私が好意を持っていた人が声をかけてきて、付き合い始めたんですよね。これって私が加護を行使したつもりじゃなくても、実は加護が働いていたせいじゃありません?」
 その仮定に対し、カイルが疑わしげに反論する。

「そうは断言できないんじゃないか? 加護に関係なく、シーラに好意を持って接してきただけかもしれないし」
「でも付き合っているうちに、なんとなく違和感を覚えるんですよね……。そして色々な事が積み重なって破局するんですけど、分かれた直後に相手はあっさり他の女とくっついてるんです。それが何回も繰り返されると、ちょっとどうなのと思いまして」
「それは偶々、巡りあわせが悪かっただけと言いたいところだが、シーラとしては深刻に考えざるを得ない事態だったんだろうな。不愉快な事を聞いて悪かった」
 神妙にカイルが頭を下げ、シーラはそんな主君にバサバした様子で言葉を返す。

「別に良いですよ? もうとっくに落ち込んだり、深刻に考える時期は通り過ぎてます。死ぬまで独りでも十分暮らしていけるよう、しっかりお金は溜め込んでいますので安心してください」
「だが逆に考えると、シーラが全く好意を抱いていない相手から付き合ってくれと言われたら、それは本心からの気持ちということになるのか?」
 そこでカイルが、思いつくまま口にしたみた。しかしそれを聞いたシーラの顔が、明らかな渋面になる。

「カイル様……。私に、元々好意を持てないような相手と付き合えと言うんですか?」
「あ、そうか……。それはそれで微妙だな……」
「そうですよ」
 シーラからの呆れ気味の視線を向けられて、カイルは気まずそうに視線を逸らしながら呟いた。

「そう考えると、ロベルトの方が幾分マシのような気がしてきたな」
「……ロベルトがどうしたんですか?」
 急に矛先が変わったことが理由なのか、シーラがピクリと反応して問い返してくる。カイルはそれに正直に答えた。

「時々、彼にも縁談を持ち込まれることがあるんだ。でも悉く断っているから」
 それを耳にしたシーラは、冷え切った声で反応した。

「このトルファンは、他人の縁談を纏めたがる世話焼きじじいとばばあの巣窟なんですか?」
「ええと……、同一人物ではないし、複数別方向からの申し入れだが」
「それで? あっちは何と言って断っているんですか?」
「別に……、シーラに言うほどの事では……」
「カ イ ル さ ま?」
 適当に誤魔化そうと思ったものの、シーラの圧に負けたカイルは、小声で彼の主張を伝える。

「『まだ女遊びがし足りない。決まった女に縛られるのは嫌だ』と言って……」
「へぇぇぇぇ? それはそれは、お盛んで結構なことですね」
 明らかに侮蔑の表情と口調になったシーラに対し、カイルは精一杯ロベルトを弁護した。

「いや、今のはあくまで口実だから。多分。サーディンもそう言っていたし」
「サーディン様が? それなら本当のところは、どうだって言うんです?」
「ある意味、シーラと似たようなものかな? さっき『自分が信じられないから』と言っただろう?」
「言いましたね。それが?」
 予想外に他人のプライバシーに踏み込んでしまった事を内心で後悔しつつ、ここで止めてもシーラを余計に怒らせるだけだと判断したカイルは、腹を括った。そして慎重に口を開く。

「彼が近衛騎士団を出奔する原因の事件、覚えているだろう?」
「ええ。意図してはいなかったものの元婚約者の加護を奪ってしまって、それが原因でその女性が自殺してしまった話ですよね」
「傭兵時代に同行していた仲間達に聞いてみた時、言葉を濁されたんだが、他にも女性相手に色々あったらしい。それでどうやらロベルトは、自分は親しくなった女性を悉く不幸にしてしまう運命だと思っているみたいなんだ。サーディンがそう言っていた」
 それを聞き終えたシーラは怒るのでも呆れるのでもなく、ポカンとした顔つきで首を傾げた。

「……は? 運命? 馬鹿なの? 勝手にそう思っているだけよね?」
「シーラ。本人は真剣に悩んでいると思うし、切り捨てないで欲しい」
「そう言われましても……。あ、駄目だわ。カイル様相手に説教しても無駄だし、第一筋違いにも程があるじゃない。とにかくカイル様、そんな馬鹿に一々縁談を持ちかけるのは、時間と手間の無駄です。断言できます」
 そう訴えられたカイルは、素直に頷く。

「そうだな。シーラと同様に、丁重に断りを入れておく。だが未来永劫、気持ちが変わらないと断言できないだろう? もしシーラが結婚する事になったら、早めに報告してくれ。盛大にお祝いしたいから」
「それはそうですが、私よりもカイル様の縁談の方が喫緊の課題ですよね? 良い奥様をお迎えできると良いですね?」
「そうくるか……」
 にっこりと笑いつつ盛大に反撃してきたシーラに、カイルは恨みがましい目を向けた。しかしシーラはそんな彼の様子を見て、益々笑みを深めながら胸を張る。

「会話の締めくくりは、やはりこうでないといけません。カイル様の結婚に向けて、余剰資金も少しずつ貯めておりますので、ご安心ください」
「分かった、シーラ。ありがとう。頼りにしている」
 もう笑うしかなくなったカイルは、そこで話を切り上げて執務室へと戻って行った。

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