第六話 勇敢な者には一度の死を。
少し昔話をしよう。
コレは俺が魔王と初めて出会った日のお話。
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「人間が我の前に現れるのは久しい……」
魔王城・魔王の間。
そう言った魔王は顔を上げ、値踏みする様にこちらを睨む。
「えー…………と。こども?」
「ううん。僕もう"
そう言った"少年"は二本の指を立て、ブイサインを作る。
「な、何しに参った……?」
「あなたの命が欲しくて」
淡々と答える少年に魔王は目を丸くしていく。
「なっ!?貴様……もしやっ!!今代の勇者か——」
「——ちがうよ?」
「っく!!食い気味に否定されたぞ!?」
想像していたより、反応が大きいな。
もっとこう、極悪非道の冷徹魔王な奴だと思ってたのに……
「でも、貴方のこと倒しにきたんですよね」
「なっ!?先程の発言は我を油断させる為のブラフっ!!やはり貴様がゆうしゃっ——」
「——ちがうよ?」
ルディは勇者と誤解される事を。
再び食い気味に否定。
すると胸を撫でた魔王はホッと一息つく。
「そうだよね〜未来視にキミみたいな子どもは映ってなかったし〜勇者じゃないよね〜」
少年は封魔の聖剣を引き抜き、一言断りを入れる。
「じゃあ、ちょっとチクっとしますねー」
「フンっ!!自ら死に近づこうなどと愚かしいな小童よっ!!貴様の勇気に免じ、我、魔王はその一撃を受けよう——」
「——せいっ」
「——びづぐぁっ!!」
とまぁ、魔王さんの最期は呆気ないもので一撃でした。
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——『自由になる』
約10年間。
——俺はコレに固執し続けた。
テニオスを復興した
——しかし、それは失敗した。
どういう訳かテニオスより人類領土に向かって足を踏み出すと。
以前と同じく身体の自制が効かなくなり聖剣の祠前まで移動してしまう。
色々な方法で幾度も脱出を試みたが。
結果は同じ。
『俺は一生テニオスで暮らしていくのか?』
そんなこと呟いた矢先。
俺は閃いた。
『逆はどうなんだろう?』
そうして、俺はテニオスを背に魔王領へと。
通称、魔界へと足を踏み出す。
すると、身体に制限はかからず。
どんどんと進んで行ける。
山を越え、谷を越え、平原を越えて、地下を潜って。
——気づけば俺は、魔界に足を踏み入れて。
——8年という月日を過ごしていた。
『テニオスに居た時から考えるともう10年間も一人なのか』
とそんなことも考えていた。
——時の流れとは早いものである。
魔界での日常は目まぐるしく。
魔境に踏み入った俺に襲いくる魔物を倒したり。
俺の持つ封魔の聖剣を狙う魔族の方々が押し寄せて来ては、それを返り討ちにしたり、引っ叩いたたり、デコピンしたり……
逆に友好的な魔族の方々にもお会いしました。
子ども一人では心細いだろうと気にかけてくれて夕食の御相伴をあずかったり。
野宿だと伝えると問答無用にベッドに放り込まれたり。
商店の人たちは子どもだと分かると基本的に何かをおまけしてくれる……魔界でもお金稼ぎはできましたので、衣食住には困りませんでしたけど。
そういえば、
人類と魔族が戦争中。
そんな中で、俺が人間だと分かった上で優しくしてくれる人達も沢山いました。
もちろん、自分が人間だとバレない様にと気をつかったけど。
そうして、俺は魔界のすべてを見て回った。
——残すは魔王城のみ——
そして俺の行動は冒頭のお話に。
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それから約2年後の今日。
テニオスにて"魔界を脱出する"方法を模索していた俺の元へ。
キオナさん達がやって来たというわけ。
初めは、魔王を討伐すれば"勇者を案内"するという役割が意味を無くし。
役目より解放され"自由に"と思っていたが。
現実には再び2年間テニオスに留まることになった。
そして今度は本来魔王を討伐するはずだった者。
つまり勇者に魔王討伐の事実を伝えることによって俺はこの役割より解放されると仮説を立てた。
俺のステータスにあった称号。
"勇者の案内人"
コレが俺の役割なんだろうな……
つまりこの称号が消えるまで、俺は自由になる事が許されない。
ならば、今はキオナさん達が求める事に応えるのが俺の最善だ。
■■■
「ところで、なんでルディくんは魔王城の場所と魔王の討伐を知っているの?」
「あ」
そういえばその疑問に答えるの忘れてたわ。
「…確認は……『無駄足』だとも…言っていた……なぜ………?」
いまさら、魔王城の入り口で告げるのもどうかと思うが……
俺はみんなの顔を見やる。
気になってるって表情ですよね…
「多分、口で説明するより見てもらった方が早いんで……」
ルディはそう言って厳かに装飾された重厚な扉を開き、内部へと入っていく。
「さ、行きましょ?」
入り口で固まる四人を招き入れる様にルディは先へと案内する。
「き…キオナさん……この扉一人で開けられますか……?」
「………」
彼に聞こえぬ様、キリアは小声で問いかける。
その問いにキオナは黙って首を振っている。
「……身体強化魔法を…施した……ディアーナが全力で……やっとってところ…」
「……いや……それも、定かじゃねぇ………」
四人の視線は一人の少年に集まる。
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階段を上がり広間の奥。
さらに進み、螺旋状の階段を上がる。
階層で数えると4層上がった場所。
そこに魔王の間は存在している。
「お、おい。ルディ、大丈夫なのか?」
「はい?」
キオナとキリアが服で口を塞ぎ、辛そうな表情を浮かべる。
ディアーナとムーに対しては影響が薄い。
とは言え少しづつ体力が削られ、不快感は増幅していく。
その原因は。
「……この量の瘴気…とても魔王が……討伐されたとは思えない……」
——瘴気。
それは魔族や魔物が主なエネルギー源とする物質。
体内に蓄積された瘴気は常に循環しており。
新しい瘴気を吸収するとともに古い瘴気は体外に放出される。
体外に放出された瘴気には濃縮された不要な物質が含まれ。
それは、魔族以外の大きな生物に悪影響を与える。
つまり人類にとっては非常に有害な物質となる。
「まぁ?僕は大丈夫ですね……よいしょっと」
そんな警戒心の高まる四人を置いて。
一人様子が変わらない少年は扉を開き、ズカズカと足を踏み入れ、
「あ、コレですコレです」
そう言って手で指し示すは入り口より見えていた巨大な玉座の座面。
「こ、コレは…?」
脳の処理が追いついていないながらも勇者キオナは問いを投げかける。
「勇者様のみが扱えるとされる"伝説の聖剣"ですね」
『ですね』——じゃないんですよ。
少年に対し彼女達は思いを一つにする。
「せ、聖剣が何故ここに?」
「皆さん僕の称号覚えてますか?」
ルディがそう訊くとムー・ペオルが瞬時に答えを告げる。
「…孤独なる者…それと……"勇者の案内人"」
「正解です。『勇者の案内人』——この称号が関係しているか定かではありませんが。僕の一族は、代々この"勇者の聖剣"を守護する者達でした」
ルディの話に固唾を飲み込む四人。
「とある日、テニオスに"勇者と名乗る者"がやって来ました。その者は僕にこう言いました」
『聖剣を譲り受けに来た』
ルディは話を続ける。
「選ばれし者にのみ扱うことが許される聖剣……それを手にした勇者と名乗る者は、魔王城へと向かいました」
ルディの話に勇者パーティは顔を見合わせ、怪訝な表情を浮かべあう。
「そして、魔王はその者と"聖剣の一撃"にて、討伐——」
「——ちょ、ちょっと待って…?」
ルディのあまりにも突飛な話に。
キオナが待ったを掛ける。
「『その者』って一体誰なの?」
「そもそも、キオナさんじゃない方が聖剣をなぜ扱えるのですか?」
「ソイツは男か?女か?」
当然の如く疑問に思う点をキオナ、キリア、ディアーナは一挙に質問する。
そんな中、ムー・ぺオルがルディを睨み、鋭く問いかける。
「…そんなことより……何故…ルディが"一撃"だったと言える……?」
「さすが、ムーさん」
そう言ったルディは嬉々として言い放つ。
「"それ"が、魔王の死を証明できる唯一の答えです」
「……つまり…ルディは魔王の死の瞬間を…見た……」
ルディの言いたい事をムーが察して口にする。
他の三人は二人の会話を理解するのが精一杯だった。
「話の辻褄は合いますが…たった一人で魔王討伐などあまりにも現実味が」
「そうだよね…さすがにルディくんの言う事でも」
ここまで、淡々と話をしてきた少年ルディ。
神妙な表情を浮かべ皆を見つめる彼の脳内はどうなっているのだろうか……
『どしよばれるかなうそくさいかなでもあんがいこのひとたちしんじてくれるよなじゅんすいだよなそんなひとたちだましてるのおれなんかわるいきもちになってきたなほんとはおれでしたっていう?いう?いう?でもそんなのしんじてくれるわけないしそんなことよりだましてるほうがわるいだろやっぱいう?いう?etc.——』
「——オレはルディの話を信じる」
キオナ、キリア二人の否定の声にルディの話を真実だと肯定するディアーナ。
その声にムーは理由を求める。
「……なぜ」
「現に魔王がここにいねぇからだ」
単純な答えではあるが紛れもない事実である。
「確かに……」
「でも、魔王さんはお出かけ中だったりして〜」
キオナはディアーナの言葉に改めて現状を正しく理解する。
キリアの脳内は考える事を放棄している。
一方でムーは姿勢を崩さない。
「……何らかの理由で…居ない可能性もある………それだけでは討伐されたと…言い切れない……瘴気だって尋常じゃない…」
しかし、この問いにもディアーナは
「じゃあ、なんでルディは、迷いなくこの魔王城を案内できるんだ?」
端的で的確な答えが突き返される。
そして、続ける。
「ムー。お前の気持ちも理解できるが、ここは冷静になって物事を捉えるべきだ——お前らしくないぞ?」
「…………」
ディアーナの言葉にムー・ペトラは一息つき、状況を再確認する……
数秒の沈黙後。
「………ふぅ……理解した……貴女が正しい………」
どこかもの悲しげな表情を浮かべたムー・ペトラはそう短く語った。
その後、数秒間の静寂が訪れる……こともなく。
「る、ルディ?」
「ルディくん?」
「ルディさん?」
「……どした?」
「もうしわけないなぁあぁまじでもうしわけないえたいのしれないむらでにんずうぶんのぱんかってこようかなあましょっぱいのがいいかなのみものいるなとまとおれがいいかないやきういおれがいいかなetc.——」
ルディは罪悪感からかおかしな呪言を魔王の間にはこだまさせていた。
「…あ…出て行った……」