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エピソード26 サクヤ真エンド

 早朝、村の外れにて。エリーとともに向かった先にあったのは、人成らざぬ者である証……二本の角を頭に生やした魔王の姿。
 エリーが近付いて来る気配に気が付いたのだろう。魔王ことリオンはこちらを振り返った後に、静かに瞳を閉じた。
「そうか……」
 一人で来るハズのエリーがサクヤとともに来た事に、全てを覚ったのだろう。少しだけ間を置いた後、リオンは寂しそうに口を開いた。
「決めたのだな」
「ごめんなさい、リオン。私に向けてくれた好意の気持ちは嬉しかった。だけど……」
 そこで一度言葉を切ってから。エリーは決意したその想いを、はっきりとリオンへ告げた。
「私は世界を救いたい。それが例え、私の故郷を滅ぼした国王の意に従う行為だとしても。でも私はそれ以上に、サクヤのいるこの世界を守りたいの!」
「……」
「だからごめんなさい、リオン。私はあなたと戦う。この世界を、あなたから守るために!」
「そう、か……」
 フッと、リオンの口角が吊り上がる。彼が少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべているのは、気のせいだろうか。
「キミの口から、直接その想いが聞けて良かったよ」
「……」
「逃げる事なく、きちんと伝えに来てくれてありがとう」
「……」
「だが、」
 そっと、リオンは閉じていた瞳を開く。
 一瞬前までそこにいた、エリーに純粋な好意を向けるリオンはどこへ行ったのだろうか。ギラリと鈍く光る真っ赤な瞳。闇のオーラを纏いながらそこに立ちはだかる男は、紛れもなく世界を破滅へと追いやる魔王そのモノであった。
「ならばもう時を待つ必要はない。わざわざ我が城へと赴いてくれずとも結構。今、この場でその男ともども葬り去ってやろう!」
 瞬間、闇の力を纏った弾がエリーへと撃ち放たれる。
 それにいち早く気付いたサクヤがエリーを庇いながら飛び退けば、彼女がいたその場に巨大な穴が開いた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう、サクヤ」
 エリーの無事を確認してから、サクヤは愛剣、エクスカリバーを引き抜く。
 前世ではこの剣の使い方を間違えてしまったけれど。
 でも今世では間違えない。この剣は大切なモノを守るために使うモノ。感情のままに振り回し、自分を含めた沢山の人々を傷付けるために使うモノではない。そんな間違った使い方、今世でも来世でも二度とするものか。
「ふん、この私とやり合うつもりか? 自惚れぬな。貴様など、雑魚どもで十分だ!」
 そう言うや否や、リオンの後ろから沢山のアンデット系のモンスター達が現れる。一体、一体の戦力は大した事ないだろうが、数が数だ。一人で捌き切れるだろうか。
「くそっ、こんな大群連れて来やがって! 汚ねぇぞ、ゴラァ!」
「何言っているんだよ、サクヤ。大群だなんて、これくらいの雑魚相手に大袈裟だな」
「そうですね。ウォーミングアップに丁度良いくらいではないですか?」
「え?」
 突如、左右から聞こえて来た声にサクヤはハッとする。
 いつの間にそこにいたのだろうか。気が付けば、やる気満々のカグラとヒナタが、それぞれの武器を手にしながら、サクヤの両隣に立っていた。
「水臭いなあ、二人とも。魔王とやり合うんなら僕達にも声掛けろよ」
「ま、声なんて掛けられずとも、勝手に参戦するから別にいいんですけどね」
 ニッと強気に笑う二人に、サクヤの頬が思わず緩む。十回目までは、ただ敵に殺されてしまうだけの仲間だったのに。それなのにこの十一回目の世界では、何て頼もしい仲間なのだろうか。
「時々男らしいと思う事はあったけど……お前ら、本当は男だったんだな」
「はあ? 何言ってんだ! 女だよ!」
「遂に頭だけじゃなくて、目も悪くなったんですね」
「分かった。昨日、エリーと甘い世界に浸りすぎて、頭が沸いてしまったんだよ」
「ホント、情交に及ぶ前に退散して良かったですよね」
「いつまで甘い世界に浸っているつもりなんだろうね?」
「どうせこの後もヤるつもりなんでしょう? そのために魔王を倒さなくちゃいけないとか……最ッ悪ですね」
「及んでねぇし、ヤるつもりでもねぇし! つーか、お前らいつからいたの!」
 まさか、昨日のエリーとのあれやこれやを見ていたのだろうか。だとしたら、こっちの方が最ッ悪だ。
「ま、済んだ事をガタガタ言っても仕方ないし」
「全部終わったら二人の事など放っておいて、私達も素敵な恋人を探しに行きましょうか」
 顔を真っ赤にしているサクヤとエリーに苦笑を浮かべてから、カグラとヒナタは改めてモンスター達へと向き直る。
 失礼なサクヤをぶん殴りたいのも、昨日の詳しい話をエリーに聞きたいのも山々だが、今はそれどころではないのだ。それらは目の前にいる敵を全部ぶちのめしてからする事にしよう。
「こっちは任せろ!」
「一掃してやりますよ!」
 雑魚モンスター達に突っ込んで行くカグラとヒナタを見送ってから。サクヤは改めてリオンへと向き直った。
「悪いな、お前の準備した手下どもは仲間に取られちまったみてぇだ。だから、お前には嫌でもオレの相手をしてもらうぜ、リオン!」
「……ふん、エリーの力なくして私に勝つ事など不可能。それくらいも分からないとは、何とも頭の悪い男よ。エリーは人選を誤ったな」
「あ? エリーが覚醒しないって、何勝手に決め付けてんだよ? もしかしたら、五秒後には覚醒するかもしれねぇだろうが」
「ふっ、それもそうだな。しかしそれならば、貴様を五秒以内に消せばいいだけの話だ」
「はっ、上等。やれるモンならやってみろよ。オレはメインヒーローだぞ。悪役如きにそんな芸当出来るかよ!」
「何を言っているのか、全く持って分からないな」
「分からなくて結構! でもこれでゲームクリアだ!」
 剣を握り締め、サクヤはリオンに飛び掛かる。
 こういう時、魔王のスキルは厄介だと思う。剣を振り下ろしたと同時にリオンの姿が消えたかと思えば、一瞬にして背後へと回られる。瞬間移動なんて卑怯だ。
「どこを狙っている?」
「テメェだよ、クソが!」
 しかし相手の出方が分かれば、先手が打てる。どうせ背後に回り込まれると踏んでいたサクヤは、間髪入れず、振り返ると同時に剣を振り払う。
 瞬間、鮮血が飛び散り、男から呻き声が上がった。
「ぐっ?」
「はっ、当たった! ラッキー!」
 よろめくリオンの隙を突き、サクヤは大きく振り上げた剣をリオン目掛けて思いっ切り振り下ろす。
 しかし相手は仮にも魔王。そう簡単に行くハズもない。
 リオンは再び瞬間移動で姿を消すと、今度はサクヤから大きく間合いを取った。
「この程度の傷を与えられたくらいで調子に乗るなよ。私を完全に倒す事が出来るのは、覚醒したエリーのみ。それを忘れたか?」
 今し方リオンに与えた傷が、みるみるうちに癒えていくのが分かる。
 確かにリオンの言う通り、サクヤの攻撃では、ダメージは与えられても致命傷までは与える事が出来ない。それが出来るのは、覚醒したエリーの光の力だけだ。
 それは分かっている。だけど……、
「知っているよ。それがこのゲームの仕様だからな」
 フッと、サクヤはその口元に笑みを象る。
 そしてその不敵な笑みとともに、改めてリオンへと向き直った。
「でも、今の条件下で言えば、それはオレだって同じだ。今、ここでオレを殺す事が出来るのは、覚醒したエリーの力だけ。お前じゃねぇんだよ!」
 そう言うや否や、サクヤは力強く地を蹴り、再びリオンへと飛び掛かって行く。
 魔王を相手に怯む事なく戦うサクヤ。
 そんな彼を見つめながら、エリーは胸の前でキュッと手を組んだ。
(五秒後には覚醒するかもしれない、か……)
 きっとサクヤは、エリーを信じてくれているのだろう。だから迷う事なく魔王へと向かって行けるのだ。
 自分が戦っている間にエリーが覚醒してくれる。そう、信じて……。
(それなのに私が諦めるわけにはいかない。サクヤが信じてくれている力を、覚醒させないわけにはいかない)
 自分でさえ無理かもしれないと、諦め掛けていたその力。けれどもサクヤが信じてくれているのなら、きっと出来る。彼の想いが、きっと力になる。
 そして覚醒させたこの力で救うのだ。愛しい人がいる、この世界を。
(私も、サクヤの力になるんだ!)
 赤と青のオッドアイ。そのうちの赤い瞳が変化を始め、青い色へと変わって行く。
 そしてその双眼が青く染まった時、彼女の体を黄金色の光が包み込んだ。
(この世界に、光の祝福を……っ!)
 祈るようにして、青の双眼をギュッと閉じる。
 瞬間、エリーの体から溢れ出した光の波動が、仲間を含めたその場一体を貫いた。
「うわっ!」
「え、何っ?」
 体を貫かれた衝撃に驚いて一瞬動きを止めるが、自分達に害はない。しかしその代わり、今まで戦っていたモンスター達が一瞬にして消えている。
 一体何が起こったのかと顔を見合わせたカグラとヒナタであったが、まさかと思い勢いよく振り返れば、サクヤの前で蹲っているリオンの姿が目に入った。
「ぐっ、まさか本当に、この短い時間で覚醒してしまうとはな……」
 闇の王たる自分にとって、光の巫女の力は天敵だ。浴びれば最後、灰となって消えてしまう。
 サクヤとの戦闘に気を取られ、エリーの光の力を一身に受けてしまった。体も動かせないばかりか、サラサラと灰になって消え掛けているのが目に入る。消滅するのは時間の問題だろう。
 自身の終焉を覚った彼は、口角に柔らかな笑みを浮かべると、最期の力を振り絞って目の前の男を見上げた。
「エリーに良かったなと、本当に愛していたと伝えてくれないか?」
 こんな事を恋敵に言うのは癪だが、それでも想いを寄せる少女への伝言を彼へと託す。
 それなのに、彼自身は何が起きたのかいまいちよく分かっていないらしい。彼はポカンとしながら、自分を見下ろしていた。
(でも……)
 それでも彼の頭の整理が追い付くのを、待っている時間はない。だって今回の自分はもう消えてしまうし、次回の彼はもう彼ではないのだから。
 だから今伝えなくてはならない。悪役ですら好意を持ってくれた彼に、未来へと向かうエールを。
「それから、二度と道を踏み外す事は許さぬぞ……朔矢」
 その一言に大きく目を見開く彼に、満足そうに笑ってから。リオンの姿は、灰となって消滅した。
(今の、は……?)
 リオンの最期の言葉は何だったのだろう。まさか彼は全てを知っていたのだろうか。
 しかしそれを考えている暇はサクヤにはなかった。魔王が来てからずっと空を覆っていた暗い雲。それがゆっくりと晴れ、その向こうから太陽が顔を出したのだから。
「終わった、のか?」
 この世界では久しぶりに見る太陽を見上げ、サクヤは目を眇める。
 すると不意に、ポンと肩を叩かれた。
「やったな、サクヤ!」
「これでもう、世界が魔王に脅かされる事はないんですね」
 ニコリと笑うカグラに、ホッと胸を撫で下ろすヒナタ。
 ああ、そうか。これでようやく全部終わるのか。
「でも、今回の一番の功労者はやはり……」
「ああ、エリーだよな!」
 そんな二人の声に、サクヤは彼女を振り返る。
 ゆっくりと歩み寄って来たエリーは、サクヤの前で立ち止まると、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「これでやっと、私もサクヤの力になる事が出来た」
 嬉しそうに微笑むのは、青色の双眼。リオン以外のハッピーエンドで見る事の出来る、光の巫女の証。
「力になれてないなんて、一度も言った事ねぇだろ」
 そんな彼女の瞳を見つめながら、サクヤは照れ臭そうにニカリとはにかんだ。
「隣で一緒に歩いてくれれば、それで十分だ」
「うわっ、クサッ!」
「どうぞ、末永くお幸せに」
「ンだと……っ!」
 しかし雰囲気ぶち壊しな二人を睨み付けた時、そこにはもう二人の姿はなくて。
 気が付けば、サクヤは太陽の差すリバースライトではなくて、いつもの白い空間に佇んでいた。
「そうか、本当に終わったんだな……」
 ポツリと、サクヤは呟く。
 エリーが光の巫女として覚醒し、魔王を倒して世界を救った。創造主の話が本当ならば、これで前世の罪が償われた事になり、その過ちを犯す前に戻る事が出来る。『サクヤ・オッヅコール』としてこの世界に転生する事も二度とないだろう。
「創造主?」
 ふと、背後に気配を感じ、サクヤはゆっくりと振り返る。
 この白い空間の主である創造主。ゲームオーバーになる度に呆れながら迎えてくれた彼女が、最後にゲームクリアの祝福にでも来てくれたのだろう。
 しかしそう思ったサクヤであったが、それは違った。
 振り返った先にいた人物。それは創造主ではなくて、エリーだったのである。
「え、エリー? 何で……、」
 何でこの空間に、と尋ねようとしたサクヤであったが、そのエリーが微笑んだ瞬間、サクヤは全てを覚った。
 彼女は自分を迎えに来てくれたのだと。罪を犯す前に戻るべく、自分をここから連れ出しに来てくれたのだと。
「迎えに来てくれたんだな。それからありがとう、ずっと側にいてくれて」
 そっと手を差し出せば、彼女もまた、自身のそれをそっと重ねてくれる。
 そんな彼女の手をしっかりと握りながら、彼はニコリと微笑んだ。
「この先も、ずっと側にいてくれ……|絵里《えり》」
 その名を呼んだ瞬間、彼女の桃色の髪が黒く染まり、青色の双眼が自分と同じ黒へと変わる。
 久しぶりに見る、懐かしい恋人の姿。
 そして彼女が優しく微笑んだのを最後に、彼の視界はグラリと暗転した。



 気が付けば、朔矢は青空の下、人の喧騒の中にいた。
 手に重みを感じ、それを見れば、握られているのはサクヤの愛剣であるエクスカリバー、そのレプリカ。
「ハッ、絶対に嫌(笑)」
 その聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこで背を向けているのはあの憎らしい女と、その家族。
 信じられない話ではあるが、どうやら本当にあの時に戻って来たようだ。
「こんなの誰が観るの?(笑笑)」
 腸が煮えくり返るのは変わらないが、せっかく戻って来られたのにまた同じ過ちを犯すわけにはいかない。下手すればまたあの世界に逆戻りだ。理性を失う前に、さっさとこの場所から離れてしまおう。
「朔矢!」
 少し離れたところで、向こうから愛しい恋人が走って来るのが見える。
 朔矢の前で足を止めた彼女は、訝しげに彼の顔を覗き込んだ。
「あれ、どうしたの朔矢? 何か機嫌悪い?」
「いや、そんな事ねぇけど?」
「あ、もしかしてエクスカリバー持たされていた事? もー、いいじゃない、ちょっとくらい! 意外と短気だよね、朔矢って!」
「だから、そんな事ねぇって……」
「あんまり短気だと、そのうち痛い目見るよ!」
「……」
 それは身を持って体感済みだが、ここは敢えて黙っておこうと思う。
「そういえば朔矢もトイレだっけ? エクスカリバー、ありがとう。今度は私が持っているから行って来ていいよ」
「いや、トイレはやっぱいいわ。それよりも早く会場に行こうぜ。やっぱ、作品の良さが分かる同士の群れの中にいた方が、居心地が良いわ」
「朔矢? ホントに何かあった?」
 不思議そうに首を傾げる彼女の腕を引き、朔矢はさっさとその場から移動する。あの女の声や姿を、大切な彼女の耳にも目にも入れたくない。大丈夫だとは思うが、あの女の近くから離れるに越した事はないのだ。開場までまだ時間はあるが、さっさとこの場から移動してしまおう。
(あ……)
 移動中、他のオタクだろう人物と擦れ違う。
 自分達より年上だろう彼女の鞄に付いていたのは、リオンの缶バッチ。
 ああ、そうだ。伝えなきゃいけない事があったんだった。
「あのさ」
「うん?」
 一度足を止め、不思議そうに首を傾げる彼女に視線を向ける。
 見つめる先にあるのは、赤でも青でもない、自分と同じ黒い色。
 そんな彼女の瞳を見つめながら、朔矢はニコリと微笑んだ。
「良かったな、本当に愛していたってさ」
 怪訝そうに眉を顰める彼女の手を取り、朔矢は再び前へと進む。
 そんな彼に対して彼女が何やら言っているが、ここからじゃ残念ながら聞こえない。もしかしたら浮気か何かと勘違いされているのかもしれないが、あの言い方では仕方がない。何も考えず、思い立ったように言う方が悪い。
「でも、まあ、大丈夫だろ」
 そう呟き、他のオタクだろう年上女性はゆっくりと振り返る。
 そして彼女の手を引きながら歩いて行く彼に、年上女性は優しく微笑んだ。
「前世でも、十一回目の世界でも落とせたんだ。今世でも落とせるだろ」
 徐々に小さくなって行く彼らの背中を見送ってから。彼女もまた、彼らとは逆方向へと歩いて行った。

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