5 キャラバンの村へ
――ツ〜。
マナトの右頬が少しだけ切れて、血が流れた。
「……えっ?」
ラクトを見ると、左手で逆手持ちにダガーが握られ、その刃は空を向いていた。
「……うわっ!」
マナトはビックリして尻餅をついた。
まばたきよりも速いスピードで、ラクトは左腰のダガーを逆手持ちに引き抜いて、その勢いのままマナトの右頬をかすめ切っていた。
「おぉ、確かに。ジンじゃねえわ。てか、反応おそ」
ラクトが言った。
「やめなよ、ラクト!」
ミトがサッと、マナトをかばうようにラクトの前に立った。
「すまねえ、すまねえ。自分で確認しないと気が済まないタイプでな。もう、大丈夫大丈夫」
「マナト君は、はるか遠くの、ニホンっていう、争いのない、とても平和な国からやって来たんだ……あっ、そうでもないんだっけ?」
ミトが振り向いて、マナトを見た。
「ええと、そうですね、武器は必要のない世界でした」
「そういう事だよ、ラクト」
「なるほど〜」
ラクトがマナトをまじまじと眺めた。
「目に見えて弱いからなぁ。俺がダガー抜いてから3秒くらい、反応遅れてたからな、はは」
ラクトが笑った。
……バカにされている?
一瞬、マナトは思った。
……いや、どうしようもない。本当に速すぎて、切られたことすら分かっていなかったのだ。
「あと、きったねえけど……すごい変わった服着てるな」
ラクトがマナトの着ているカッターシャツ、またスラックスを、服の生地を確認するように触った。
「俺達の村は、衣服やその生地を交易しているからな。長老がお前の服を見たら喜びそうだぜ」
「そうですか、はは……」
「でも、大丈夫か?クルールは比較的穏やかなほうだけど、それでも……」
「お~い!ミトぉ~!」
遠くから、ラクトが歩いて来たほうから、声が聞こえてきた。
3人がその声のほうを向くと、一人の青年が立っていて、ミトとラクトがおぅ〜という感じで手を振っている。顔見知りのようだ。
「どうしたの~?」
ミトがその青年に聞いた。
「やっぱここにいたか!大変だぞ!村に熊が出たんだ!」
「えっ!」
「しかも、長老が何血迷ったか分からないんだけど、お前のキャラバン最終試験を、村襲ってきた熊の退治に決めちまったんだよ!」
「えぇっ!?」
「とにかく村に戻れ!」
「わ、分かった!」
ミトが慌てて草原の傾斜を下って行った。
「……ほらな、これくらいの事は、あるっちゃ、あるからな」
ラクトが苦笑しながら、マナトに言った。
ラクトについて、マナトも草原の傾斜を下りた。
「おぉっと……」
草原は、途中から崖となっていた。
下を眺めると、石造りや木造など、様々な種類の建物が建ち並んでいるのが見えた。
「俺達の住む村、『キャラバンの村』だ。こっちから村に行けるぞ」
ラクトとマナトは、ミトを追って、階段を下りて行った。