バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第64話 噂はこうして作られる

「……なんだこの、新鮮過ぎる魔物肉は」

 俺たちは昨日のリベンジを無事に果たしてブルクに引き返していた。

魔物がいる森からブルクまでは近くないので、目的を果たし次第すぐに街に戻ることにした。

あまり森に潜り過ぎて、約束の日までに解体が間に合わなくなっては元も子もない。

 そう思った俺たちは、ハイヒッポアリゲーターを倒した後にアイテムボックスに収納して、急いでブルクに帰還することにした。

 そして、イーナの店でイーナの帰りを待ってから冒険者ギルド裏にある倉庫に向かって、討伐した魔物の解体を依頼しているところだった。

「これ、どうやって手に入れたんだ? 馬車でも片道二時間はかかる所に生息する魔物だろ? なんでこんな状態で運ぶことができたんだ? 一体どうやってーー」

「はいっ、そこまで! これ以上は企業秘密なので言えませんっ!」

 そして、解体をしてくれる職員は、新鮮な魔物肉を見て驚いているようだった。入手方法を知ろうと食いついてきたが、イーナが俺達の前に入ってその男をいなしていた。

「そりゃないぜ、イーナ。こんな肉が手に入るなら、それで一発商売ができるじゃないかよ」

「それを今やろうとしてるの。ていうか、あと数日で商売として確立できるんだから、邪魔されたら困るの」

 どうやら、イーナの言ったとおりになったようだ。新鮮な魔物肉の価値は高い。それも、その価値がまだ定まっていないほど。

 それをすぐに商売と結びつけるのだから、さすがブルクの街だなと感心してしまう。

 まさか、ただ魔物肉を解体してもらうだけで、こんなにグイグイと来られるとは思わなかったな。

 イーナがいなかったらもっと面倒なことになっていたのだろうなと思う。それに、こんな肉を大量に持ってこないでよかったなと心から思った。

「……分かったよ。それなら手を出さないって。兄ちゃん、解体するのはこのファング一体だけでいいのか?」

「あ、もう一体大きめの奴がいるんですけど、ここに出していいですかね」

「おう、どこでもいいぞ」

 俺は確認を取ってから、アイテムボックスから倒したばかりのハイヒッポアリゲーターを取り出した。

 当然、倉庫に敷いてあるシートの上には乗りきらず、結構はみ出る形になってしまう。

尾っぽの部分を持ってアイテムボックスの外に出して、その部分をリリに引っ張ってもらいながら全身を取り出して倉庫の床に置いた。

 俺の身長の四倍ほどある魔物。それも、川にいた魔物だからあまり見たことがないのかもしれない。

 イーナと職員は驚きのあまりしばらく声を失っていた。

「こ、これは、兄ちゃんが狩ったのか?」

「俺達がって感じですかね」

 俺がちらりと隣にいたリリに視線を向けると、リリは少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。

俺だけだったら、あのままハイヒッポアリゲーターを川に逃がしてしまったかもしれない。

 リリの結界と援護の魔法があったからだろう。

 そう思うと、やはりリリのサポートあっての結果だと思う。

「……本当にでかいわね」

 アイテムボックスから出されたハイヒッポアリゲーターを見て、イーナも驚きの声を漏らしていた。

「……なぁ、兄ちゃん。俺と組まないか? 買い取り価格はイーナの所の1.5倍は出すからーー」

「アイクくんは私の所の専属だから! この街で専属に唾をかけたらどうなるか、分かってるでしょ?」

「わ、分かったよ。冗談だから許してくれ! 少しでいいから、この肉を食べてみたいと思っただけなんだって!」

「なに、食べたいの?」

 イーナはその言葉を聞いて、職員にバレないくらいに微かに口元を緩めた。

 イーナは魚が針に食いつくのを待つように、その言葉を言わせるように誘導していた。まさかとは思うが、本当にこんな展開になるとは思わなかった。

「どうする、アイクくん?」

 イーナは俺に分かりきっている言葉を投げてきた。少し演技がかっている声の気もするが、そこは気にしない素振りをすることにしよう。

「簡易的なコンロとかを貸してもらえるのなら、少しなら分けるのはいいけど。リリ、料理は任せてもいい?」

「任せてください、私助手ですから」

 いつものように胸を張ってそんなことを言うリリは、とても自然な表情をしていた。多分、演技とかではなくて俺の助手であることを本気で誇っているのだろう。

 こうして俺たちは大根芝居をうって、解体してくれたファングの肉のうち数百グラムを焼いてその職員と、その同僚に振舞った。

 そして、その日の夕方には幻の魔物肉があるという噂が、ブルクの街に一気に広がったのだった。

しおり