第60話 再戦、ワイドディアの上位種
「アイクさん、こっちも終わりました」
「お、おう。お疲れ様」
無事にファングの二体を倒したリリが【潜伏】のスキルを解除して、俺の方に近づいてきた。
そして、リリはちらりと俺の倒したファングの方を見て驚いたような声を漏らしていた。
「うわっ、すごいですね。動く魔物相手に、こんなに綺麗に首を落すなんて」
「いや、俺って言うかこの短剣が凄いんだけどな」
ガルドの依頼で魔物をたくさん倒してきたから、その時にレベルもステータスも上がっている。だが、それだけではこんな綺麗な断面を残すのは無理だろう。
武器ランクというそこまで重要にしてこなかった存在。それの重要性に気づくことができた戦闘だったと思う。
「リリの方はどうだ? あんまり切れ味良くないだろ?」
「いえいえ、そんなことないです。何より助手感があっていいです」
リリは俺の短剣を気に入ったのか、優しく短剣の鞘を撫でて口元を緩めていた。
切れ味も重要だが、本人がその武器を使って気持ちが乗ることも重要な要因なのかもしれない。
リリの満足げな表情を見るとそんな気がした。
それでも、やっぱりリリにも良い武器を持って欲しいという気持ちがある。この短剣も元々はリリが持つはずだった奴だしな。
「帰ったら、本格的に鍛冶場に籠るかな。……とりあえず、次の魔物を倒しに行くか」
この短剣の切れ味をもっと試してみたいという衝動に駆られるように、俺は次の魔物を探すために【気配感知】を使用して魔物の気配を追った。
すると、すぐ近くに小さな赤い炎が複数個と、もう少し離れた所に少し大きな炎があった。
【鑑定】でその気配を確認してみると、それらの気配が何であるのかすぐに分かった。
「近くにいるのはワイドディアの群れで、もう片方はクイーンディア。……なるほど、キングディアを少し小さくしたような魔物か」
「別れますか?」
「そうだな。リリはワイドディアの群れの方を頼む。あとでリリの方に向かうから、戦闘が終わったら【潜伏】を解いて待っていてくれ」
「分かりました」
俺はワイドディアの群れの居場所をリリに教えてから、リリとは反対の方向に走り出した。
以前は、キングディアを相手に苦戦はしなかったが、一撃という訳にはいかなかった。確か、不意を狙わないで正面から切りかかったんだったよな。
色々とスキルを試したくて、あえて【潜伏】のスキルを使わなかった気がする。
それなら、今度はあえて【潜伏】のスキルを使ってバレずに倒せるかを試してみるか。
俺はクイーンディアとの距離が近づいてきたのが分かったので、【潜伏】のスキルを使って自身の気配を消した。
そのまま近づいていき、俺は足音を立てずに木陰に身を潜めた。
「……あれか」
大きな角にワイドディアの二倍以上大きな体。ちょうどキングディアを一回り小さくしたような鹿型の魔物がいた。
森の中で一匹で佇んでいる姿は中々絵になっている。
【鑑定結果】
【種族 クイーンディア】
【レベル 34】
【ステータス 体力 2400 魔力 2700 攻撃力 2900 防御力 1900 素早さ 2700器用さ 1600 魅力 2200】
【スキル:硬化D 突進E】
「レベルとステータスは前のキングディアよりも上か」
どうやら、種族としては前のキングディアの方が上みたいだが、強さで言えば目の前にいるクイーンディアの方が上みたいだ。
「さて、どうするか」
ただ正面から突っ込むのも芸がないよな。
そう思った俺は、ふとここが森の中であるということ思い出した。
森の中なので俺たちは木々に囲まれていた。もちろん、クイーンディアの近くにも木が立っている。
「……」
このまま木の上から攻撃とかできるじゃないか?
俺はその考えに従うように【道化師】のスキルを使って、近くにあった木に跳び乗った。体は羽のように軽く、簡単に木に上ることができた。
確かに、この動きは少しだけ道化師みたいかもしれない。
俺はそのままバランスを崩さないようにしがら木々を跳んで移動して、すぐにクイーンディアの頭上まで移動した。
そして、俺はそのままゆっくりと短剣を引き抜いて、木の上から飛び降りた。
落下していく中で【剣技】のスキルを使って、落下の速度を力に変えるようにしながら、クイーンディアの首めがけて短剣を振り下ろした。
「ギアァァ……」
一瞬、クイーンディアの声が漏れたあと、クイーンディアの首から先がぼとりと地面に落ちた。
俺が地面に足をつけてもクイーンディアの体は切られたことが分かっていないのか、それからしばらくそのまま立っていた。
しかし、やがてその体もバランスを崩したようにその場に倒れ込んでしまった。
地面に倒れた衝撃を少し伝えたきり、クイーンディアの体は動かなくなった。
「……本当にすごいのは切れ味だけか?」
そんな倒れたクイーンディアの姿を見て、俺は新しい短剣の切れ味と共に自分の高くなったステータスに少し困惑していた。