第11話 抜けたパーティの重要人物は
「アイク! ギルドに行くぞ!」
「え、やだよ」
「えー、なんでなのだぁ」
最近大人しくしていたルーナは、少し出かけてくると言って数時間どこかに行っていた。そして、帰ってくるなり目を輝かせて急にそんな事を言ってきたのだった。
非常に嫌な予感がする。
ここ数日はギルドから離れた宿屋でだらりと過ごしていた。本当なら、今すぐにでもこの村を出ていきたかったのだが、ルーナがしばらくはこの街に残ると言ってきかなかったのだ。
『時を待て! 面白いものが見れるから、しばらくこの街にいよう!』
『えー』
『だいたい、アイクがあんな闇魔法を使うから悪いんだぞ? 無駄に時間がかかっておるのは、アイクのせいなんだからな』
『時間がかかるってなんの?』
『うへへっ、時を待て』
そんなふうに焦らされて焦らされて、ようやく動き出すのかと思ったら、ギルドへ行こうなどと言い出した。
「俺にとっては、あのギルドって行きたくない場所なんだよ」
「いいから、騙されたと思ってついて来い!」
「やだよ、前もその流れで気づけば闇闘技場に連れていかれた身にもなってくれ」
「でも、優勝したではないか!」
「いや、そうなんだけどな」
そうなのだ。俺は無理やり参加させられた闇闘技場でなんと優勝してしまった。『駄賊のアイク』とか言われていた若造が、地下での犯罪者を集めた戦いで優勝してしまったのだ。
そして、結果として、『鑑定』のスキルや闇魔法なども使えるようになった。そう考えると、あまりルーナの意見も邪険にはできないな。
「そうだぞ! あの日に稼いだ金があるからここ数日だらだらできているんだろう? まぁ、私は一晩でアイクよりも多く稼いだがな! ワハハハーーさ、させんぞ!」
俺は調子に乗りそうだったルーナの頬を抓ってやろうとしたが、素早く逃げるルーナの頬に触れることすらできなかった。
追撃をしようにも臨戦態勢に入ったルーナは『ふー、ふー』と言いながら構えて俺を待っていた。
さすがに、不意を突けないとなるとルーナに勝つことはできない。
俺は諦めたようなため息をつくと、ルーナの頬を掴もうとしていた手を下ろした。
「分かったよ。行くよ、行けばいいんだろ」
「やっと決心したか! 安心しろ、悪いようにはせんからな!」
無邪気な笑みを向けられているのに、なぜこんなに胸がざわつくのだろうな。
何かしら嫌な予感がしたが、俺はルーナに引きずられるようにしてギルドへと向かったのだった。
ギルドに入ると、いつものように俺に視線が集まった。
また、静まり返るんだろうと思っていたのだが、不思議とそんなふうにはならなかった。邪険にされるような目を向けられていたはずが、こちらに向けられる目には負の感情が含まれていない。
どういうことだ?
「おい、アイク。聞いたか?」
「え、ああ、リオンか。何をだ?」
俺に向けられる視線がいつもと違うのに戸惑っていると、酒場でご飯を食べているリオンが声を掛けてきた。
俺に話しかけてくれたことなんて、数えるくらいしかないはずだが、どうしたのだろう。
「ギース達の奴、中型のワイバーン相手に負けたらしいぜ」
「え? ギース達が?」
ギース達が中型のワイバーンを相手に負けた?
中型のワイバーンなんて、ギース達は何度も相手にしてきたはずだ。それもそこまで苦戦することなく勝って来たはず。
リオンの話が信じられないでいると、隣にいたルーナが俺の腕を引いてクエストのカウンターに連れて行った。
「ルーナ、知ってたのか? ギース達がワイバーンを相手に負けったって」
「いつかこうなるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早くなるとはなぁ」
ルーナはなぜか嬉しそうな顔でクエストのカウンターまで行くと、大きな声で言葉を続けた。
「ギースという人間が失敗したっていう、クエストを受けに来た! 紹介してくれ!」
そんなことをギルド中に聞こえる声で言い放ったのだった。
そして、ギルド中では一気に笑い声が起きた。
当たり前だ。ギースのパーティを追い出された者が、そのパーティが失敗したクエストを受けようというのだから、完全に煽っているとしか思えない行為である。
それを無能と名高い俺がやろうって言うんだから、完全にギース達を馬鹿にする行動だ。
「ギース、よかったな! お前達の敵討ちを取ってくれるってよ!」
「え?」
ギルドの連中が向ける視線の先を追うと、笑いの対象にされていたギースのパーティがそこにいた。
ギルドに入ってもギースが怒鳴ってこなかったから、勝手にいないものかと勘違いしていた。見てみると、ギースとリン、ゾフィーが隅の方で隠れるように食事をしているところだった。
「な、なんだよ」
「え、いや、別に何でもないけど」
エルドは先に宿にでも戻っているのだろうか?
そんなことを思ってギースのパーティを見ていると、やけに弱い声でギースが軽く突っかかってきたようだった。
しかし、すぐにこちらから視線を外して食事を再開した。
なぜあんなによそよそしくなっているのだろうか。また変な言いがかりをつけてくると思っていたのに。
「ちょっと、ギース! これだけ舐められてんのに、何も言い返さないの?!」
リンは机を叩いて、ギースに反論をするように求めた。しかし、ギースは歯を食いしばったまま、何も言おうとはしなかった。そんなギースの煮えたぎらない態度に苛立ったように、リンはこちらを強く睨んできた。
「何度も言わせなでよ! ただの中型のワイバーンじゃなかったの! 終始スピードは落ちないし、攻撃だって硬さだって速さだってずっと遅くならないんだから!」
「遅くならない? ワイバーンが?」
リンの話を聞くと、確かに普通のワイバーンではないことが分かった。
何か特殊なワイバーンか何かなのだろうか。ギース達が負けるほどの変異種。中型とはいっても、放っておいたらただじゃ済まないんじゃないか?
「むしろ、スピードの落ちるワイバーンってなんだよ」「自分達が遅くなってるの間違いじゃないか? ふふっ」「見ろよ、ギースの奴顔青いぜ」
しかし、そんな俺達とギルドのメンバーでは反応が大きく違っていた。
あたかも、ギース達の返答が可笑しいような反応である。なぜだ? リンは何も可笑しいことを言っていないはずなのに、ギルドではギース達を馬鹿にするような笑い声に包まれていた。
「ほら、アイク! クエストの紹介はしてもらった、早く行くぞ!!」
「え、いやいや、何かしら対策をしないとマズいだろ!」
「アイク、お前は本当にそんなことを言っているのか?」
なぜ本気で言っていないと思うのか。そんな目をルーナの方に向けると、ルーナは深くため息をついた。
「いいから、私について来い! 悪いようにはしないから!」
俺はそうして、またしてもルーナに引きずられるように連れていかれたのだった。
「ま、待ってくれルーナ! 頼むから!」
「はぁ、面倒くさいぞアイクよ。安心しろと言っているだろ。おまえは誰だ? 闇闘技場で優勝した男だろ?」
村の外まで連れていかれて、俺はこのままワイバーンの所に連れていかれると思い、ルーナを何とか止まらせた。
「確かに、俺は強くはなったと思う。でも、ギース達が負けたほどのワイバーンに対策もなしに勝てるほど、強くはなってないと思うんだ」
「あの人間達が強い? そんなわけないだろ。そもそも、ワイバーンは戦いの途中で弱くなったりはせんぞ。普通に考えれば分かるだろう」
ルーナは常識を離すかのように、そんな事を言い捨てるように言って来た。
これが常識だったら、ルーナの言い分も分かる。しかし、俺はギース達のパーティでワイバーンと戦ったことがあるから、ルーナの言っていることが間違いであることが分かる。
「俺は実際に弱くなってるところを見たことあるぞ。というか、そうじゃないワイバーンなんて見たことないって。ずっと初めの強さを維持できるとか、そんなバケモノは見たことがない」
「バケモノは貴様だ、アイク」
「は?」
俺はルーナの言葉の意味が分からず、呆けたような声が漏れ出てしまった。そんな俺の態度に呆れるように、ルーナは言葉を続けた。
「今回のあの人間達のパーティに、足りなかったものは何だと思う?」
「足りなかったもの?」
「おまえだ、アイク」
「いや、確かに俺はいなかったけど、別に俺なんかいてもいなくても変わらないだろ?」
「馬鹿言え、関係しかないわ。アイクがモンスターのスキルを全部奪い取っていたから、あいつらは強いモンスターを相手にすることができたのだ。アイクのいなくなったあのパーティは、ただの雑魚の集まりでしかないわ」
ルーナはそう言うと、悪巧みをする子供のような笑みをみせた。
確かに、俺はずっとモンスターと対峙する度に『スティール』を浴びせていた。……もしかして、俺が『スティール』でモンスターの『加速』や『硬化』などのスキルを奪っていったから、モンスターが弱体化したように見えていただけなのか?
そうなると、ギース達はこれからスキルを奪われていない状態のモンスターを相手にすることになる。ギース達は戦闘の序盤はずっと苦戦していた。モンスターが弱くなることで、ようやく互角に戦えてきたはずだった。
「え、じゃあ、あいつらはこれからどうなるんだ?」
「落ちる所まで落ちる、いや、それだけじゃ足りんな」
ルーナは不気味い口元を緩めると、楽しそうに言葉を続けた。
「私のお気に入りをいじめたのだ。落ちる所まで落としてくれよう」
そう笑ったルーナの顔は、味方ながら恐ろしく見えた。
どうやら、俺はあのパーティの中心人物はギースではなく、俺だったらしい。
そして、ギース達が負けたというワイバーンに勝利をすることで、その疑惑が確信に変わるのだと俺は気づいたのだった。